3、4カ月ごとに神戸を訪れて

【大﨑】緊急を要する救命救急は内科、外科関係なく患者さんを受け入れるから、希望通りと言えば希望通り。救命救急の現場って大変じゃないですか?

【太田】大変でした。電車に轢かれて四肢がない方、バイクの事故で20歳の子が亡くなったりとか……命って儚いと感じました。3年しかいなかったのですが、色んな症例を対応させていただき、いい経験になりました。

【大﨑】北海道、神奈川県……この時点まで、全く関西と縁はないですよね?

【太田】仲の良かった友だちと、大きな声では言えませんが(大学病院とは別の)病院で当直バイトをしてお金を稼いで、3、4カ月ごとに神戸に来てたんです。

【大﨑】なんで神戸なんですか?

【太田】神戸って関東人の憧れの場所なんです(笑い)。夜中に仕事が終わってから、友だちと車で高速道路を走って朝6時ぐらいに神戸に着く。須磨の海岸で、海は広いなーなんて思いながらぼんやりしていました。

神戸市
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【大﨑】港町といえば近くに横浜があるでしょ(笑い)。

【太田】横浜は少しごちゃごちゃしすぎているかなと。神戸はすごいお嬢さんが歩いているというか、私の周囲の人はみんな憧れていたと思います。

【大﨑】確かに神戸は坂もあるし海も近いし、北野異人館とか雰囲気ありますよね。

【太田】おしゃれ、だなって。海の見えるところにマンション借りて、花屋でもできたらいいな、なんて思っていました(笑い)。

【大﨑】須磨の海に入ったりしていたんですか?

【太田】私、湘南ギャルを名乗っていましたが、泳げないんです(笑い)。

2年間の約束で関西の病院で働くことに

【大﨑】その神戸好きが高じて、関西の病院で働くことになったんですね。看護師になりたいと思ったきっかけ、関西行き、太田さんの人生のキーワードの1つは“憧れ”。

【太田】そうかもしれません。神戸に住みたいっていう一念で家探しをはじめたんです。そうしたら不動産屋さんから看護師ならば家を探すより病院探して寮に入ったら、と言われたんです。親には「2年間だけ神戸に行かせてくれ」と頼み込んで許してもらいました。

【大﨑】実際に勤務した兵庫県立成人病センター(現・兵庫県立がんセンター)は神戸の病院でしたっけ?

【太田】(首を横に振り)明石市です。神戸と違って田舎でした(笑い)。

【大﨑】関西滞在が2年間で終わらなかったのはどうしてですか?

【太田】2年間が終わる6カ月ぐらい前に、今の主人と出会ってしまったんです(笑い)。一度帰ったあと、結婚で再びこちらへ。病院に入るとき「私、2年間しかいれないんです」と言っていたのに、もう41年です。

【大﨑】関西での生活でカルチャーショックはなかったですか?

【太田】ありました! 最初は何を言ってるのかわからなかったんです。患者さんに「ババしたいんや」と言われたんです。私は「ババ」の意味がわからず、「ババ? なんですか」と聞き返した。

【大﨑】ババとは、うんちのことやね。

【太田】「茶、しばくか」とか。茶、しばく? なんのこと? みたいな感じでした。

【大﨑】お茶を飲まへんかという意味ですね(笑い)。