AIを使いこなせる国とAIに振り回される国
シー博士とサージー教授は、AIと幸福度の関係を大きく左右する要因として、「国のガバナンスの質」に注目しています。
簡単に言えば、ガバナンスとは、AIのような強力な技術を社会全体の利益につなげるための「社会の仕組み」です。
今回の研究では、世界銀行の「Worldwide Governance Indicators(WGI)」を使って各国のガバナンスの質を測定しています。
具体的には、「①政府が効果的に機能しているか」「②適切なルールや規制を作れているか」「③法の支配が機能しているか」「④市民が政治や行政に声を届けられるか」という4つの側面を組み合わせています。
ここで重要なのは、ガバナンスとは単に「政府が優秀かどうか」という話ではないことです。
AIによって誰が利益を得るのか。仕事を失う人をどう支えるのか。個人情報の悪用やAIによる差別をどう防ぐのか。そして、AIが生み出す利益を社会全体にどう行き渡らせるのか。
こうした問題に社会が対応できる力こそが、ガバナンスの質なのです。
ガバナンスが弱い国では「AI=不幸」だった
では、実際にガバナンスの質によって、AIと幸福度の関係はどのように変わるのでしょうか。
分析結果を見ると、ガバナンスの質が低い国では、AI開発が進むほど幸福度が低下する傾向がありました。
特に、ガバナンスの水準が下位25%に入る国では、AI開発が進んでいるほど幸福度が低いという関係が明確に確認されました。さらにガバナンスの水準が低い国ほど、そのマイナスの関係は強くなっていました。ちなみに、これらの国には、アフガニスタン、コンゴ、チャド共和国、ベネズエラ等が含まれます。
ところが、ガバナンスの質が高くなるにつれて、状況は少しずつ変わっていきます。
AI開発と幸福度の「マイナスの関係」が弱まり、ついにはほとんどゼロになる水準が現れたのです。
そして、さらにガバナンスの質が高い国では、驚くことに、AIと幸福度の関係はマイナスからプラスへと反転しました。ガバナンスの質が高い国というのには、フィンランド、ノルウェー、ニュージーランド、スウェーデンといった国が該当しています。論文では明示されていませんが、日本もこのグループに入っていると予想されます。
以上の結果を整理すると、ガバナンスの弱い国では「AIが進むほど幸福度が下がる」が、ガバナンスの強い国では「AIが進むほど幸福度が高くなる」と言えるでしょう(図表1)。
これは、AIそのものが「人を幸せにする技術」なのか「人を不幸にする技術」なのかという単純な問題ではないことを示しています。
むしろ重要なのは、AIを社会に導入したとき、その力をどのようにコントロールし、誰にその恩恵を行き渡らせることができるのかという点なのです。
実際、研究では、ガバナンスの質がある水準を超えたところでAIと幸福度の関係がプラスに転じており、その「反転点」より上に位置する国・年は全体のおよそ3割でした。

