1954年、42歳の誕生日の3日前に、謎めいた死を遂げたイギリスの数学者チューリングは、音楽の世界でいえば、モーツァルトを思い起こす天才だった。彼の死体からはアーモンドの匂いがしたため、青酸カリによる自殺とされたが、いまだにその死は謎に包まれている。

チューリングは、22歳でキングスカレッジの特別研究員となり、23歳のときに発表した論文「計算可能な数について」は、数学界に大きな衝撃を与えた。この論文は、「チューリング・マシン」と自らの名をつけた仮想機械について書かれたものである。チューリング・マシンはスキャナーと無限のメモリー・テープで構成され、自動かつ無限に計算を行うとされる。これは後に、コンピュータの理論的な祖となった。

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