「丸太小屋」を建てて考えたこと

思い出のあるモノほど、手放すのは難しいものです。これは、誰にでもあることです。

僕はくり返しているうちに、人生の身辺整理が徐々にうまくなっていきました。

その最初の棚卸しは、スキー板でした。

若いころ、「根無し草のように生きたい」

『デラシネ』という言葉に、憧れていました。

病院の基盤がしっかりできたら、若手に早くバトンタッチして、自分はアフリカへ行こうと思っていたのです。

だから、家なんていらない、そう思っていました。

けれど、やがて自分の家族の複雑な関係を知ったのです。

じつは岩次郎という人が、彼の妻の重い病気と、貧しさというふたつの困難を抱えながら、僕を拾って育ててくれたと……。

恩返しをしなければいけない。

そう思って建てたのが、「岩次郎小屋」という丸太小屋です。

丸太小屋のエントランス
写真=iStock.com/coryz
※写真はイメージです

20本のスキー板との別れ

その応接室には、薪ストーブがあります。

そこに、いままで乗ってきたスキー板を並べました。

一本一本に、それぞれの思い出が詰まっています。

奥志賀高原の「熊落とし」や「鹿落とし」という、新雪の急斜面を滑ったときに乗っていたスキー板。

スイスのツェルマットからイタリアへ滑り降りて、イタリアでご飯を食べて、またツェルマットに戻ってくる――そんな山越えをしたときのスキー板などを見ながら、思い出にふける時間は幸せなひとときでした。

それらの思い出を噛みしめながら、僕は最初の棚卸しをしたのです。

妻から、「スキー板を20本も丸太に立てかけられているのは、邪魔以外の何ものでもない。地震が起きたら結構怖い」と言われて、泣く泣くスキー板の身辺整理をしました。

いまから20年ほど前の話です。

いまとなっては、スキー板の整理をしておいてよかったと思っています。

思い出は、モノの数ではありません。心に残ってさえいればいいのです。