まるで修行僧のような「野球部寮」での生活

これらの学校の多くは「野球部寮」を備えている。部員は寮で共同生活を送っている。

野球部寮は、厳しい規律がある場合が多い。下級生は上級生に絶対服従。かつてのPL学園のように、下級生が上級生の夜食を作ったり身の回りの世話までする「部屋子」の習慣はなくなったが、それでも挨拶、マナーなど厳格なルールがある。

広陵高校野球倶楽部のサイトには、野球部の「清風寮」の1日のスケジュールが紹介されている。朝6時半の起床、朝食の準備は1年生が担当、18時半の夕食は一斉に摂る。22時半に就寝と、スケジュールが細かく決められ、生徒は規則正しい生活を送ることになる。

これを見て安心する保護者もいるのだろうが、筆者などは息がつまる思いがする。同世代の高校生の多くは、学校が終われば自由な時間が待っている。部活や塾での勉強をする生徒もいるだろうが、ゲーム、「推し活」、友達との遊びなど、この年代でなければ愉しむことができない時間を過ごしている若者も多い。

そんな中、強豪校で寮生活する野球部員の多くは「修行僧」のような生活を過ごしている。寮のルールに加え、上級生は常に下級生に圧を加えてくる。

ロッカールームの野球選手たち
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです

理不尽で矛盾に満ちた空間

問題は、寮ではそうした厳しい上下関係があるのに、野球そのものは学年無関係の「実力競争」だということだ。下級生が上級生を差し置いて試合に出たり、レギュラーになることは普通にある。

寮生活では上位者である上級生が、グラウンドでは控えに回る。野球部寮は、「厳しい上下関係」と「実力主義」が同居するという、理不尽で矛盾に満ちた空間なのだ。これが部員間のストレスを生み、暴力沙汰につながっている可能性がある。

1986年6月、PL学園の野球部寮で野球部員が死亡する事件が起こったが、この時も、ベンチから外れた上級生が、ベンチ入りした下級生をいじめた結果だと報じられた。

昭和の時代も強豪校は、100人以上の部員がいるのが当たり前で、指導者はこの中から有望選手をより抜いていた。しかしこの当時は、レギュラーになれなかった部員の多くは野球部をやめたり、転校したりした。当時の指導者は持久走をさせて、途中でリタイアした部員に退部を勧告していた。

しかし今は、レギュラーになる見込みのない選手もほとんどが退学、転校せずに学校にとどまっている。