高橋是清が短期間で恐慌を鎮めた

かわって組閣したのが、立憲政友会総裁の田中義一たなかぎいちであった。つまり政権は、憲政会から野党の立憲政友会へと交代することになったわけだ。

河合敦『日本史人物 死ぬほど痛いかすり傷』(三笠書房)
河合敦『日本史人物 死ぬほど痛いかすり傷』(三笠書房)

田中は、財政や金融に詳しい高橋是清たかはしこれきよ元首相を蔵相に任じ、金融恐慌の沈静化にあたらせた。高橋は、支払い猶予令と日銀非常貸出を実施し、短期間で恐慌を鎮めることに成功した。

この立憲政友会内閣は、緊縮財政を展開した憲政会と正反対に積極財政を進め、さらに外交においても協調外交から対中国強硬外交へ転じた。

このように、たった一言の失言が、経済界の混乱と政権交代をもたらし、日本の経済・外交政策を変えてしまうという、思わぬ変動をもたらしたのである。

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