「紙」のために媚びを売るワケ

そこには、福岡県がこれから行う具体的な政策内容や予算が書かれている。県職員が稟議のために作成した書類そのものである。「紙」と言ったり、「ペーパー」と言ったり、呼び方はいくつかあるようだが、これをもらうために躍起になるという。

福岡県では、議会で政策を通すために、自民、民主、公明など各会派の代表ではなく、まず藏内氏に、この「紙」を渡して根回しをする。それは既に報じられている通り、藏内氏が「ドン」であり、自民党はもちろん、福岡県知事をも上回る権力をふるっているからである。

藏内氏は、記者を個別に自分の部屋に呼びつけて、この「紙」を配るのである。

もちろん、「紙」に書かれている内容は、藏内氏が持っている時点では「極秘」とまで行かずとも「秘密」ではある。権力側が隠している、と言えなくもない。けれども、県の政策である以上、やがて正式に公表される。極端に言えば、数時間待てば発表される情報のため(だけ)に権力者=藏内氏に媚びを売っているのである。

記者たちは、どのように媚びを売るのか。典型的なのが「ワンヘルス」をめぐるニュースだという。

報道というより「藏内氏のPR」

「ワンヘルス」とは、藏内氏がライフワークにしているテーマであり、朝日新聞によれば「人と動物の健康と環境の健全性を一体のものとして考える理念で、藏内勇夫議長が推進に力を注いでいる」。福岡県が来年度中の供用開始を目指して整備を進める「ワンヘルスセンター」が、藏内氏の権力をあらわす施設だとされている。

藏内氏がマスコミに配った「紙」のイメージ
藏内氏がマスコミに配った「紙」のイメージ(出所=福岡県「令和8年度当初予算 令和7年度2月補正予算の概要」)

ここで問われるのは、こうした「ワンヘルス」関連のネタをめぐるマスコミ各社の態度である。前述の元県政担当記者によれば、「ニュース性の低いネタであっても、藏内氏やワンヘルスに関するものであれば、必ず記事にします。新聞もテレビも『記者は政治家と仲良くなってナンボ』と考える人ばかりですから、断る選択肢はありません」というほどの威力がある。

私が関西テレビの記者だったときも「是非モノ」と言われるネタがあった。たとえば、営業局から大手スポンサーの機嫌をとるために、その会社が報じてほしいネタを大きく報じたり、自社のイベントをPRしたりする、「是非とも報じてほしいネタ」を略したものである。

福岡県政を担当する記者にとって、「ワンヘルス」絡みのニュースは、まさにこの「是非モノ」だったといえよう。

実際、読売新聞が今年5月に報じた〈世界獣医師会長の蔵内勇夫・福岡県議会議長「ワンヘルス教育を力強く前進させたい」…日本人で初の就任〉には、300字あまりの短い記事の中に「ワンヘルス」という言葉が4回も登場し、その意義が強調されている。こうした「県のお知らせ」を、まるで「ニュース」であるかのように報じるほかなかったのではないか。