母親を1人にできない
水沢さんは29歳の時、勤務先のバーで、大手メーカーに勤める11歳年上の男性と出会い、交際に発展。
「ひとり暮らしをしたい願望はすごくありましたが、19歳で社会人になった弟が先に『彼女と同棲したい』と言って出てしまい、母を一人にできませんでした。当時は、母と離れる=母を見捨てるような気がしていました。今思うと、共依存だったのかもしれません」
それでも水沢さんは、男性と知り合って半年後に婚約。2013年に30歳で結婚した。
「母は、『離れて行ってしまう日がくるなんて思っていなかった。寂しくなるけど幸せになってほしい』と祝福してくれました。彼は、バーの店員にも丁寧に接するいわゆる『紳士』でした。母に喜んでもらえるように、大手企業に勤める夫を選んだと言っても過言ではありませんでした」
新居は、実家から車で20分ほどのところに、男性が「家を建てるのが夢だった」と言って結婚と同時に建て始めていた。
水沢さんは、31歳で長男、35歳で次男を出産。一人残した母親が心配だった水沢さんは、週に2〜3回は実家に顔を出していた。
「あなたは公園で寝泊まりしているのと一緒」
生い立ちは苦難の連続だったものの、大手メーカーに勤める男性と巡り合い、2人の息子にも恵まれた。幸福な時間を一気に取り戻すチャンスが到来したかに見えたが、実際はさらなる地獄への転落の始まりだった。
結婚5年目に次男を出産後は、0歳と4歳を一人で育て、家事をする日々が始まると、水沢さんは日に日に衰弱。だが、夫はそんな水沢さんを助けようとしなかった。毎晩ほぼ20時頃には帰ってきたが、見て見ぬふりだったのだ。
ある時、「一緒に家事・育児をしてほしい」と頼んだことがあった。
夫は、「俺は無理! お前のほうが慣れてるやろ?」と平然と言ってのけた。
水沢さんはどんどん痩せていき、ついに全く布団から起き上がれなくなってしまう。
すると夫は、
「お前がしんどいのは子どもたちには関係ないんやからな」
と冷たく言い放って、いつものようにソファに寝転び、テレビを見て笑っていた。
「呼吸がうまくできなくなって苦しくて、朝がくるのが怖く、希死念慮もありました。つらそうな私を、見かねた母が心療内科を予約してくれました」
診断は、「うつ病」だった。心療内科医は、「夫さんの言動や、常に夫さんの監視下に置かれていることが原因で、うつ状態になっています。あなたは家を建てたのに、公園で寝泊まりしているのと一緒。夫さんはモラハラですよ」と言った。
それ以来、夫を観察し始めた。
「モラハラはほぼ洗脳に近いので、渦中にいるとわからないものです。夫は息子たちの誕生を喜んでいましたが、『これで老後は安心だ』と言われたことは、私は一生忘れません」
夫は妻も子供も自分を世話する使用人のように見ていたのだった。

