自分の親などを在宅で看取ることになったら、何に気を付ければいいのか。在宅緩和ケア医の萬田緑平さんは「多くの人が亡くなる直前までもつ欲求は、オムツに排泄するのではなく、これまでと同じようにトイレに行きたいということだ」という――。
患者とトイレ
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最期の言葉が「トイレに連れていけ」

緩和ケア専門の医師として、在宅で最期を迎えるがん患者の人を2000人以上、看取ってきました。患者さんたちを診ていると、亡くなる前日まで、家族や看護師さんの手を借りて歩いてトイレに行ったり、亡くなる間際に「トイレに行きたい」と言う人は珍しくありません。トイレに連れて行って便座に座らせると、そのままそこで亡くなる方もときどきいます。

それとは反対に、トイレに行けそうもないと思ったらすぐに諦めておむつを受け入れる人もいますが、割合で言ったら「おむつは嫌だ。トイレに行くんだ!」と言って頑張る人がほとんどです。

最近も、何度失敗してもトイレに行くことを諦めないおじいちゃんが、死ぬ間際に「トイレ連れてけ~」と騒ぐので、体重が落ちてもう軽くなった体をひょいっと抱き上げポータブルトイレに座らせたら、安心されたのか、そこで事切れたということがありました。僕の診療所に来る患者さんとその家族は、「患者本人のしたいようにするのが一番」という方針に賛同する方々なので、おじいちゃんの最期は「最高にうまくいった」看取りだったわけです。

患者さんにとって「トイレに行きたい」という気持ちが切実なものであることは、もうずいぶん昔に大学病院で外科医をしていた頃に気が付きました。僕は勤務医時代から、診察がなくても病室に立ち寄って患者さんと雑談するなど、患者さんが病院でもつらくなくいられるように手伝っていたつもりです。けれども、終末期の患者さんが、亡くなるギリギリまでトイレに歩いて行くのを手伝うなんていう光景は見たことがありませんでした。

ポータブルトイレには尊厳がない

病院では寝たきりの患者さんがトイレに行きたいと思っても、動くと体力を消耗するからとおむつにされます。よろよろだけど介助があればなんとか歩ける患者さんでも、転んで骨折などしたら危ないし、病院の看護体制も問われてしまいます。どうしてもおむつは嫌だと言うと、ポータブルトイレが準備されますが、みなさん一様にポータブルトイレも嫌がります。

ポータブルトイレは、使用後の排泄物を誰かに処理してもらわなければならず、同室の患者さんがいれば、カーテン越しに音や臭いが漏れ、情けなさや申し訳なさでいたたまれない気持ちになります。患者さんにとってはトイレとは別物で、かなりおむつに近い代物なのです。

つまり、排泄は人間の尊厳に関わるわけです。自尊心の強い人ほどおむつになったときの精神的ダメージは大きく、みるみる生きる気力が衰えていきます。