もう国民は省エネをがんばりきっている
太陽光の電気が余っても、地域間を結ぶ送電網や蓄電設備が十分でなく、需要の大きい地域や時間帯へ回し切れないためだ。
つまり、再エネ設備が足りないだけではない。すでにつくれる再エネ電力さえ、受け入れて運ぶ仕組みが追いついていないのである。しかもこれは新たにわかった問題ではない。
障壁は送電網だけではない。OECDは、日本で再生可能エネルギーを増やす際の問題点として、「長期化する許認可手続き、不十分な送電網、地域社会の反対」を挙げている。
大型の太陽光発電や風力発電では、景観や安全性などをめぐり、地域との話し合いが難航することもある。本来は政府が送電網への投資から地域との合意形成、雇用の移行まで一体で支える必要があった。しかし実際には電力会社や自治体などの個別調整に委ねられ、国が構造転換を主導したとは言い難い。
一方、石炭火力やLNG基地を中心とする古い仕組みには、企業の事業や雇用、地域経済が深く結びついている。このため、新しい電源への切り替えは簡単には進まない。
国際機関が問題視しているのは、国民の省エネ意識ではない。再エネへの転換を阻む制度やインフラの側である。
個人がどれほど節電しても、この構造は変えられない。必要だったのは、古い仕組みを変える政策の決断だった。
クールビスは「市民の美徳」
ここに、ひとつの逆説が浮かび上がる。
日本では、個人や企業による省エネが、危機のたびにエネルギー需要を抑えてきた。その一方で、既存の発電所や産業の基本的な仕組みは、大きく変わらないまま残った。
その成功に頼ることで、政治が電源や産業構造の転換を先送りできてしまったのではないか。
2021年、英ガーディアン紙は、日本の石炭火力廃止を訴えてきた気候ネットワークの平田仁子氏にインタビューした。平田氏は、福島事故後、電力会社が原発から石炭へ移った背景には、従来と同じ大規模事業モデルと利益を維持しやすいという事情があったと説明している。
ノルウェー科学技術大学の政治学者エスペン・モー教授は、省エネを、今ある産業の仕組みを大きく変えなくても進められる政策として捉えている(※)。
(※ 「日本における既得権益、エネルギー効率、再生可能エネルギー」より
工場や発電所をすぐにやめる必要はない。今ある設備を改良し、少ないエネルギーで同じ仕事ができるようにすればよいからだ。そのため、省エネは既存の企業や利益の構造と衝突しにくい。
これに対して再生可能エネルギーへの転換は、発電所、送電網、事業者、投資先を変えるため、強い抵抗が起きやすいと、モー教授は指摘する。
さらに、省エネが個人の我慢や責任として語られてきたことを問題視する研究もある。
学術誌 Energy Research & Social Scienceの2026年の研究は、日本のクールビズについて、暑さへの我慢を「市民の美徳」として位置づけ、その負担を個人の身体に負わせていると分析した。

