血だらけになりながら最短ルートで下山

前述したとおり、現場から人里まではあと1キロほどの距離だったが、最短距離で人里に下りようとすると、クマが逃げていった方向に進むことになる。逆に引き返して大きく迂回するルートをとると、大幅に時間がかかってしまう。

悩んだ末、最短ルートで下ることにした。クマと同じ方向に進むのは怖かったが、時間をかけて迂回するのも心細かった。

出血を伴うケガも負っていた。また、迂回したとしても、絶対にクマに遭遇しないという保証もなかった。だったら一刻も早く人里に出ることを優先させようと判断したのだった。

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画像提供=三浦靖雄
格闘の直後。左耳の裏の傷から血が垂れていた

小走りで下りながら、ケガの具合をチェックした。左耳の裏の傷からはポタポタと血が垂れていたが、大きな傷ではないようで、しばらくすれば出血は止まりそうだった。

左手の人差し指と中指の傷の程度は、血だらけでよくわからなかった。クマに噛みつかれたときはアドレナリンが出ていたのだろう、痛みを感じなかったが、このときは強い痛みが生じていた。

左足首がばっくりと切れていた

10分ほどで人里にたどり着いた。耳からの出血はもう止まっていた。周囲には人の姿がまったく見当たらなかった。

人家の呼び鈴を鳴らして救急車を呼んでもらおうかとも考えたが、血だらけの男がいきなり現れたらびっくりするだろうなと思い直し、電波も通じるようになっていたので、自分で119番通報した。位置情報は、民家の表札に書かれていた番地を伝えた。

救急車の到着を待つ間、妻にも一報を入れた。心配はかけたくないので、「クマに襲われちゃった。とりあえず救急車で病院に行くけど大丈夫」と、そんなに大したことはないよというニュアンスで話をした。

その後、水筒の水で血を洗い流したりしているうちに救急車がやってきて、軽井沢病院へ搬送された。

救急車のなかでケガのチェックをしてもらったときに、ズボンの膝から下が破れていたことについて、「クマと揉み合ったときに破けちゃいました。でもケガはしていないと思います」と報告した。

しかし、靴下を脱がしてもらったら、左足首がばっくりと切れていた。クマの爪による受傷だと思われたが、ほとんど痛みはなかった。ハイカットの登山靴に保護されている箇所なので、傷を負ったのが不思議だった。