クマの体の感触は、岩のように硬い

〈「大声を出す」というのは熊に遭遇した際にするべき行動ではないと聞くが(相手を興奮させるので)、どう考えてもすでに戦闘回避のフェーズではなかった。闘いはもう避けることができないことを悟って自らを奮い立たせるためと、大声を出せば逃げてくれないかなという感情が4:6で混ざった『うぉおあー!!!』だ〉

闘いの詳細はよく思い出せない部分もあるが、こちらの最初の一撃が右足での前蹴りだったことははっきりと覚えている。クマは四つん這いで向かってきたので、足裏が当たったのはおそらく頭か肩のあたりだろう。

その感触が岩のような硬さだったことに戦慄した。イヌやネコに触れれば優しい柔らかさが伝わってくるが、クマは柔らかさのカケラもない、ガチガチの硬さだった。

指を噛まれ、左耳の後ろを爪で引っ掻かれた

クマはその攻撃に怯まず、立ち上がって襲いかかってきて、左手の人差し指と中指を噛まれた。立ち上がったときのクマは胸の高さほどだったので、体長は120センチほどだったと思う。

左手を噛まれて前屈みになったときに、左耳の後ろを爪で引っ掻かれたようだった。そのまま揉み合いになり、前蹴りで応戦しているうちに、蹴りの勢いでうしろに倒れ込んでしまった。

ヒグマの力強い右前足と爪
写真=iStock.com/Oleg Elagin
※写真はイメージです

背負っていたザックには撮影機材や多めの水が入っていて十数キロぐらいの重さだったので、それもバランスを崩した一因となった。倒れ込んだあと、のしかかってきて攻撃されるとヤバいと思い、寝転んだ体勢から蹴りを繰り出した。

いわゆる「猪木VSアリ」状態である。唸り声を上げながらなおも攻撃を仕掛けようとするクマに、死に物狂いで猪木キックを連発しているときに、爪で左足首に挫傷を負わされた。

やがてクマとの闘いが終わった

襲われていた時間は、計30~40秒ぐらいに感じた。必死で蹴り続けていると、突如クマは180度方向転換をして、襲われたときと同様の猛スピードで逃げていった。出現したときとほぼ同じ場所に姿を消したのち、薮のなかから再び飛び出してこないことを確認すると、ようやく安堵感が湧いてきた。

起き上がってまず考えたのは、「早く下山しないと。しかしどういう経路で下山するか」ということだった。気がついたらスマホがなくなっていた。地図アプリを見ながら歩いていたので、クマに襲われた際に放り出してしまっていたのだ。

幸い、ちょっと戻ったところに落ちていたので拾い上げ、自分がどこにいるのか改めて確認した。電波は圏外となっていて、電話はかけられなかった。