「海軍の偉い人なのに戦争に反対」
【戸髙】山本五十六という名前が表に出てきたときから、「悪人」になったことがないのです。ずっと今でもカリスマ長官のままです。「海軍の偉い人なのに戦争に反対した」というイメージが一人歩きしていますから。
山本自身は「やったら負ける」と思うから素直に反対しているだけです。別に、戦争という行為そのものに反対しているわけではありません。山本五十六の話としてはそこが伝わっていませんね。伝える側も親切にそこまでは言っていません。フライ級のボクサーが「ヘビー級となんかできません、やりたくありません」と言っているだけなのです。
【大木】井上成美(*1)にしても「戦争に反対」ではなく、「負ける戦争に反対」ということです。
【戸髙】私は、それが軍人として正しい態度だと思います。
米内光政(*2)、山本、井上を邪魔だと思っていた、軍令部系の艦隊派の人はどう言っていたかというと、「負けるような戦争をした海軍は馬鹿だ、艦隊派なんてとんでもないと言われるけれども、勝ちそうな戦争ならいいのか。自分たちは勝ちそうだからやる、負けそうだからやらないとか、そういう論理ではない。国の安危に関わる時には、そんなことは関係なくやるのが軍人だ」ということでした。「商売じゃないんだ」という意識を、艦隊派の人たちは強調していました。
非艦隊派の人たちも、潜在的にそういう気持ちはもちろん持っている。戦後はよく、「勝ちそうだから、負けそうだから」と言われるから不愉快だという人は何人もいましたね。
なぜ開戦前に止められなかったのか
【保阪】艦隊派にはそれなりの理屈があったことも、不愉快に思う気持ちも分かりますが、だから正しかったということにはなりません。
海軍兵学校の座学で学ぶ科目には、そういう内容は無いのでしょうか。戦争に訴えていい時といけない時を見極めて、こういう状況ではどうなのかというものです。
【戸髙】それは兵学校では教えません。なぜかというと「軍人は政治に関わらず」という「軍人勅諭」の精神にそぐわないからです。兵学校では総体的な話はしたとは思いますが、ほぼリアルタイムの世界情勢について教えていたかどうかは疑問です。軍事力の比較はやっていたでしょうが、政治的な駆け引きといった教育は不備だったと思います。
【保阪】軍事力を比べたら無理という話にはならないのでしょうか。
【戸髙】日露戦争の時、ロシアは日本の20倍の軍事力とも言われていました。アメリカもそうかもしれないが、日露戦争の時は勝ったという話になるのです。それを言われると、「今はできません」とは言えなくなります。
・註釈
(*1)井上成美 1889〜1975年。海軍大将。海兵三七期。海軍省軍務局長、支那方面艦隊参謀長、海軍航空本部長、第四艦隊司令長官、海軍兵学校長、海軍次官など。
(*2)米内光政 1880〜1948年。海軍大将。海兵二九期。横須賀鎮守府司令長官、連合艦隊司令長官、海軍大臣、首相など。
