思いつめた少年にかけた言葉

この貧困のリアルを前に、地域の中でどう振る舞えばいいのだろうか。そのヒントは、上野さんが子どもたちに接する際の絶妙な距離感にあった。

「相談がいつ来るかわからないから」と、上野さんはなるべく夜8時頃まで店を開けている。店には居場所を失った子どもや大人たちが逃げ込んでくることがあるのだ。

その中には「共働きで、夜遅くまで親がいない」「家が親たちの集会所みたいになっていて、居づらい」「家事や弟妹の世話などの雑用を押し付けられる」といった、ヤングケアラーや心理的ネグレクトが潜んでいた。

こうした子どもたちと向き合った時、私なら「そんな親は許せない」「行政に通報するべきだ」と親を糾弾してしまうかもしれない。しかし、彼女のアプローチは違う。

上野さんは、子どもに対して親の非を直接突きつけることはしない。

過去には、複雑な家庭環境に追い詰められ、「親父を殺していいか」と思い詰めるほど荒れていた少年がいた。上野さんは即座に「あかん。やめときなさい」と諭した。その少年が訪れる度に、ひざを突き合わせて話を聞いた。

その後、少年は落ち着きを取り戻し、最近、電気工事士の試験に合格したという。

「『親もいっぱいいっぱいで、生活に疲れて余白がないんやで』とかね。事実をそのまま突きつけるんじゃなくて、せめて、薄い皮1枚のオブラートに包むんです。それが希望になったらマシかなって思うから」

もし「お前の親は最低だ」と事実を告げてしまえば、子どもは逃げ場を失い、完全に絶望してしまうかもしれない。逆に、第三者の言葉ひとつで、家庭崩壊を防ぐことができるかもしれない。

上野さんが毎朝仕込みをするキッチン
筆者撮影
上野さんが毎朝仕込みをするキッチン

「ただいま」「おかえり」が言える場所が命綱になる

社会問題に対して、私はつい白黒をつける「裁判官」のような見方をする。けれど、リアルな現場で一方的に親を責め立てるだけでは、貧困や孤立の連鎖は断ち切れない。

本当に求められているのは、家庭の内部に土足で踏み込むのではなく、「隣の家のおかん」のように、少し斜めから悩みを聞き、子どもたちが一時的に息を抜ける居場所になれる大人の存在なのだと思った。

もし、夜の街やコンビニのイートインで、行き場を失ったような子どもを見かけたら、どうするだろう。スーパーの特売品の前で疲れ果てている親を見かけたら……。その背後にある「見えづらい困窮のストーリー」を想像できるだろうか。

タイパ・コスパを追い求める社会。生身の人間に対しても、それでいいのだろうかと疑問を感じる。上野さんは「自分を壊さない程度でいいから、無関心から抜け出せたらいいよね」と語った。

取材が終わりに近づくころ、スラッとした出で立ちの男子高校生が「ただいま」と言いながら店にやって来た。

上野さんは「おかえり。今日は学校どうやったん?」と返す。高校生は「あぁ疲れた。おかん、聞いて」と言って、無造作に置いてあるスチール椅子に腰掛ける。その姿はまるで、本当の母親と話しているようだった。

彼は一見明るそうな、今どきの高校生に見える。だがきっと、おかんにだけ見せる「何か」があるのだろう。

「小学校の頃から通い続けていた子どもたちが、今は大きくなって、手伝いに来てくれたりするんです。それぞれ難しい家庭環境を抱えてるんでね。ご飯を食べに来て、『おかん、あのな』って話をしに来るんですよ」

そう言って、上野さんは嬉しそうに笑った。

上野さんと高校生
筆者撮影
取材の終わりがけに、「ただいま」と言いながらやってきた男子高校生と
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