なぜ公的支援だけではダメなのか

日本には「生活保護」という公的扶助制度が存在するはずである。だが、現実にはそのセーフティーネットは十分に機能していない。生活保護を受ける資格がある人のうち、実際に受給している人の割合は、日本ではわずか20%〜30%程度にとどまっている。

複雑で分かりにくい申請手続きや、窓口での実質的な申請拒否といった行政の対応、そして何より「生活保護を受けることは恥である」「怠け者」という社会的な偏見により、本当に支援が必要な困窮世帯が制度からこぼれ落ちていると、上野さんは指摘する。

「おかえり」のお弁当は業務スーパーの総菜や支援物資を元に上野さんが献立を考えて作られている
写真提供=ごはん処おかえり
「おかえり」のお弁当は業務スーパーの総菜や支援物資をもとに、上野さんが献立を考えて作っている

行き場を失った親子たちは、最後の手段として民間が運営するこうした食堂や配布会へと辿り着く。行政のセーフティーネットが届かない領域を、この小さな食堂がかろうじて埋めているのだ。

行政側も、この状況を重く受け止めている。時には「食事が足りない世帯に分けるための食料を提供してほしい」と、行政窓口から上野さんの元へ直接相談が持ち込まれることすらあるという。

「大きな変化を求めなければならない時は、昔から活動を応援してくれている市長にLINEで直談判することもあるよ」と上野さんは笑う。

行政担当者や市長までもが、いち個人として上野さんを信頼し、「食のセーフティネット」としてこの店を公的に位置づけている現状がある。それが、この国の貧困対策の現在地なのだ。

夏休みの期間、無料のお弁当が助かった親からのメッセージ
写真提供=ごはん処おかえり
夏休みの期間、無料のお弁当を受け取った親からのメッセージ

心にトラウマを抱えた人の居場所

支援を必要としているのは、経済的な困窮者だけではない。見た目はとても裕福そうに見えても、実は複雑な事情を抱える人もこの店にやってくる。

上野さんは、ある親子について語ってくれた。

身なりが裕福そうなその母親は、長年にわたりパートナーからの長期的なDVを受け、精神を深く病んでいた。上野さんが話を聞いていると、その母親は過去のトラウマがフラッシュバックし、パニックを起こした。

「(店の机を指して)ほんまにここ、地獄絵図だった。そのお母さんは泣き叫ぶ、怒鳴るっていうのがいっぺんに起こったんです」

上野さんは、決して彼女を見捨てなかった。翌日、母親から「ごめんなさい。ごめんなさい」とメールが来ると、「ええねんで。いつでもおいでや」と返した。こういったやり取りを4年間、根気強く続けたのだ。

その中で、限界を迎えた家庭環境から子どもたちを守るための行動は迅速だった。

「児童相談所と彼女の子どもの学校との間に入りました。子どもには『今な、お母さんこんなんやから、ちょっと様子見るね』『とりあえず今は危険やから、ここ行ってきて』って話して、一時保護になりました」

行政の窓口だけでは救いきれない、家庭の密室で起きている悲劇。この総菜店は、制度の狭間で悲鳴を上げる親子が一時的に避難し、再び生きる力を取り戻すための駆け込み寺でもあった。