厄介な「悪意のない不正」
当然ながら、詐欺など悪意を持った不正も存在する。その場合には、悪意ある不正を起こした者に厳正に対処したうえで、ルール・コンプライアンスの強化や徹底が重要であり、その際の原因究明は比較的容易であると考える。
一方で「悪意のない不正」も存在する。例えば、ベイザーマンとテンブランセルが指摘したように、倫理観を発揮したつもりが当人や企業の対応が不十分である場合や、自らの行為が倫理的に問題であるのに当人がそれを認識していない場合だ。
その場合、ルールやコンプライアンスの厳格化のみでは効果に乏しく、制度不備・組織文化・意思決定の問題などに目を向けるべきである。
今回の場合においては、経営判断として「コンプライアンス上の問題である」と認識していなかった可能性がある。また問題行為として認識していても、結果的に倫理的な問題を軽視し、社会的なリスクを軽く捉えていた可能性もあるだろう。その点で今回の勧告をきっかけに、当該企業および社会全体で問題を振り返ることはとても重要である。
その「経営合理性の判断」は正しいのか
一方で、本件は「経済合理性」の観点でも問題があると考えられる。
空き教室の維持や無料体験レッスンにかかるコストは企業側の持ち出しであり、継続的なレッスンや受講契約が発生して初めて利益となる。集客のためのマーケティングコストを削減するなどの経営努力が重要であることは言うまでもないだろう。
しかし、その経営コストや集客リスクを、立場の弱いフリーランスの音楽講師に移転してしまったのは問題である。しかも正当な対価を払わずに。企業自らが本来負うべきコストやリスクを企業外に移転し、軽減を図る「コストの外部化」が発生している。
もちろん上記のコストやリスクは企業経営において頭が痛い問題である。しかし、フリーランスの音楽講師がレッスンや講義の対価をもらうのは当然だ。そのために必要な準備をし、業務のための時間を確保している。それなのに、レッスンをしたにもかかわらず報酬の減額や無償労働を強いることは、企業が本来負うべきコストを労働者に負わせていることに他ならない。
特にフリーランスの労働者は、企業と比べて立場が弱く、不利な条件に対して難色を示したり抗議をしたりすれば、次回から契約を打ち切られる可能性がある。そのため泣き寝入りが発生することは容易に想定可能である。
「真の経済合理性」とは、労働や価値提供に対して“正当な報酬が支払われることを前提としながら”必要な経営努力や工夫を行うべきものではないだろうか。

