不起訴=暴行ナシ、ではない
まず、不起訴は無罪判決とは違う。裁判には「一事不再理」の原則があり、判決が確定すると再審がないかぎり覆らないが、不起訴の場合、公訴時効が成立するまでは、検察が起訴に踏み切る「再起」はありえる。法的にはまだ司法判断は確定していないのに、佐野選手に近いJFAの側が「刑事事件として終了した」と言い切るのはどうなのだろうか。
また不起訴自体、必ずしも無罪を意味しているわけではない。不起訴には「起訴猶予」「嫌疑不十分」「嫌疑なし」の3つがあるが、「起訴猶予」は起訴できる事実があっても、加害者が被害者と示談して謝罪し、本人も初犯で反省している時などに適用される。「嫌疑不十分」も、性犯罪の場合、被害者のPTSDが深刻で裁判に臨む負担が大きく、証言の確保や公判維持が難しい結果、そうなる場合もある。佐野選手のように著名人の場合、特定されて誹謗中傷などの二次加害を受けるのではないか、と被害者側が裁判になることを恐れる可能性もある。
もし佐野選手の容疑が「嫌疑なし」(性暴力をふるっていない)だったのなら、相手の女性に謝罪し話し合いをする必要はなく、むしろ「逮捕は遺憾だ」と会見で表明すべきだったのではないだろうか。
森保監督の見解は「確認せず」
佐野選手の不起訴は上記3つのうちどれだったか、私は2025年に日本記者クラブであった森保監督の会見で質問したが、「不起訴の詳細がわかっていない」というあいまいな回答に終わった。繰り返すが、「嫌疑なし」であるなら、なぜグレーのまま放置しているのだろうか。これではいつまでも批判はなくならないだろう。
JFAが招集の理由として挙げる「佐野選手は女性に謝罪し、深く反省している」ということについても、何に反省し、何を謝罪したのか明確ではない。このように不透明なままでは誠実さや真摯さは伝わってこず、もやもやを感じる人は少なくないように思える。
反省の姿勢を示し、謝罪をするというのは、一体どういうことだろうか。本業のサッカーで頑張ったり社会貢献をしたりすることで十分なのだろうか。依存症専門医療の一環で長年、性犯罪加害者の更生プログラムに取り組んでいる西川口榎本クリニック副院長の斉藤章佳氏(精神保健福祉士・社会福祉士)は以下の点を、加害者の更生と社会復帰のためのポイントにしているという。
1、「再発防止責任」、2、「説明責任」、3、「謝罪と贖罪」の3点で、自分自身と向き合い、行動変容を継続することが大事だと話す。

