仕事がなくなった中国業者の悲鳴
禁輸により、日本は加工委託先を失い、中国側は原料となる日本産ホタテの供給を絶たれた。加工ビジネスに関わる中国業者が立ち行かなくなったことは、習近平政権にとって計算外だったことだろう。
もっとも、中国は国内だけで年間190万トンのホタテを養殖している。北京のシーブリッジ・コンサルタンシーのファン・シュービン代表はシーフードソースに対し、「日本産がなくても国内需要は賄える」と語る。中国国内の食卓にホタテが届かなくなるわけではない。
だが、国内消費を賄うことと、付加価値の高い対米再輸出ビジネスを回し続けることは、まったく別の話だ。日本産という原料を断たれた以上、年間約162億円規模の加工収入が丸ごと消えた形だ。
皮肉なことに、禁輸発表直後、中国の投資家たちは事態の深刻さを見抜けなかった。中国有数の水産食品加工・養殖企業である国聯水産をはじめ、主要水産株が深セン証券取引所で、値幅制限の上限であるストップ高まで買われた。
国産ホタテの需要が膨らむと踏んだ投資家たちは、楽観のあまり、加工ビジネス喪失という本質的な打撃を見落としていたのだ。
中国が禁輸に踏み切った直後、日本は官民を挙げて反撃に出た。
禁輸からまもなく、農林水産省は「#食べるぜニッポン」キャンペーンを立ち上げる。宮下一郎農林水産大臣は2023年9月の記者会見で自らキャンペーン名の入ったフリップを掲げ、国民一人ひとりがホタテを5〜7粒食べれば、行き場を失った輸出分を支えられると呼びかけた。
ホタテの「応援買い」に一役買った米軍
農水省の呼びかけに、国民はすぐさま動いた。動向を取りあげたアサン・フォーラムによると、ホタテの名産地・北海道別海町では、返礼品にホタテを指定するふるさと納税が前年の3〜4倍に急増し、寄付総額は前年の2倍に達した。青森県平内町では寄付が8倍に膨らみ、禁輸後のある時期には水産物への寄付が最大12倍に跳ね上がった地域もあったという。
政府も大規模な財政支援に踏み切った。漁業者が操業を続けられるよう約1000億円の緊急基金を設立。禁輸から1年の時点で128の事業者・自治体に対し、加工設備の導入費や保管費用、販路拡大の経費などとして補助金を交付した。
官の支援に呼応するように、民間でも消費者が「応援買い」に走った。これは困っている生産者の商品をあえて選んで買い支える動きであり、欧米ではボイコットならぬ「バイコット(buycott)」とも呼ばれる。当時の岸田文雄首相は禁輸1周年の記者会見で、国内消費が50%増加したと胸を張った。
大手小売りも次々と動いた。イトーヨーカドーはホタテの在庫を前年比150%に拡大して特別セールを打ち、くら寿司は国産ホタテを使った新メニューを投入。ドン・キホーテの親会社であるパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスにいたっては日本産ホタテを買い上げ、タイやマレーシアなど海外店舗で販売する計画まで打ち出している。
この勢いに加わったのが、同盟国・アメリカの支援だ。ラーム・エマニュエル駐日アメリカ大使は2023年10月、米軍が日本産ホタテの大量発注を開始すると発表した。
こうして日本国内の官民が一体となり、米軍までを巻き込んだ“反撃”を通じ、経済制裁を意図した中国の禁輸の実効性は弱体化した。

