歌舞伎界には、名跡や家ごとに暗黙の「格」が存在する。市川團十郎家の成田屋や尾上菊五郎家の音羽屋などは代々座頭を務める「看板の家」とされる一方、脇役を担う家もあり、配役には家格が色濃く反映されてきた。歌舞伎界ではそれを当たり前のように受け入れているようで、「うちは脇役の家だから」といった声も聞く。
もちろん商業演劇である以上、人気や実力は重要だ。しかし現代でも、家格が俳優のキャリア形成に大きな影響を及ぼしていることは否定できない。襲名披露や追善興行、團菊祭(團十郎と菊五郎公演)などが歌舞伎興行の中心を占めること自体それを物語っている。
主役級の配役は早くから決まる一方、脇役の配役は2カ月前くらいになることもある。御曹司でも脇役の出演なら同様だ。
家制度が示す「残酷さ」と「包摂性」
注目されるのは中村獅童の活躍だ。獅童は名門萬屋の血筋に生まれながら、父が早くに歌舞伎界を離れたため、後ろ盾を持たない「親のいない御曹司」として苦労したことを自ら語っている。役に恵まれない中で、中村勘三郎に認められ、平成中村座などで抜擢されて人気俳優となった。近年は初音ミクとの共演で知られる「超歌舞伎」の顔としても活躍している。
一方、現在は獅童の二人の息子が幼い頃から舞台に立ち、典型的な御曹司として育てられている。父は家制度の厳しさを身をもって経験したが、その子どもたちは家制度の恩恵を受けて成長している。この対照は、歌舞伎の家制度が持つ残酷さと包摂性を象徴している。
歌舞伎の特徴として女形の存在がある。江戸時代に幕府が風紀の乱れ等を理由に女性の舞台出演を禁止したことで生まれた慣習だ。現代の価値観からは女人禁制への批判の声もある。七代目尾上菊五郎の長女・寺島しのぶは、日本を代表する女優でありながら、長年歌舞伎座本興行への出演機会はなかった。2023年10月、「文七元結物語」で中村獅童と共に出演したことは画期的な出来事だったが、それは歌舞伎俳優としてではなく「特別出演」の女優という位置付けであった。
今後注目されるのが市川團十郎の長女・市川ぼたんである。幼少期から舞台経験を積んで現在は14歳。今後の舞台活動の可否が歌舞伎界における女人禁制のあり方を左右することになる。
松竹に問われる契約と報酬の透明性
上場企業・松竹が運営する商業演劇である以上、現代企業として求められるガバナンスの観点から見直すべき課題も少なくない。
松竹と歌舞伎俳優の関係は、一般企業の雇用契約とは異なり、委任契約や請負契約に近いとされる。しかし契約内容や報酬体系はほとんど明らかにされておらず、外部からは見えにくい。こうした問題は俳優だけではない。近年、歌舞伎音楽を担当する清元連中の出演料をめぐる問題が報じられた。出演料は松竹から家元へ一括して支払われ、家元の采配で各演奏者へ配分される仕組みだが、その額をめぐって不満の声が上がり、待遇問題として認識された。
伝統を守ることと、契約や報酬の透明性を高めることは矛盾しない。配役が家格に過度に左右される慣行も含め、家制度を維持しながらその運用をより開かれたものへ改革することは十分可能だ。むしろ歌舞伎を将来にわたって維持するためには、そうした近代的なガバナンスを取り入れることが必要である。

