健康状態に不安があるとき、その症状をインターネットで検索してみる人は多いだろう。精神科医の水野雅文さんは「うつ病や発達障害の診断には、本来は慎重な判断が必要。しかし、今はデジタル上で『自己診断』を済ませた人が来院することも珍しくない」という――。

※本稿は、水野雅文『物語で治す 社会を変える精神医学』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。

面談をする上司と部下
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スマートフォンが診断ツールになる時代

「ネットで調べたら、私はADHDだってわかりました」

初めて来院した20代の女性が、スマートフォンの画面を見せながらそう言った。そこには「ADHD診断チェック」というサイトが開かれており、「あなたはADHDの可能性が高いです」という判定結果が表示されていた。

「質問に答えただけで、すぐに結果が出たんです。当たってますよね? だから薬をもらいに来ました」

彼女は確信に満ちた表情で、診断結果をすでに「事実」として受け入れていた。私が詳しく問診を始めようとすると、少し不満げな顔をした。「もう診断は済んでいるのに、なぜまた聞くんですか?」

この光景は、もはや珍しいものではない。「ADHD診断チェック」「うつ病自己診断テスト」「発達障害スクリーニング」――現在、こうしたタイトルのスマートフォンアプリや診断サイトが数え切れないほど存在している。質問に答えるだけで「あなたはADHDの可能性が高いです」「軽度のうつ状態が疑われます」といった結果が瞬時に表示される。

医療機関を受診することなく、誰でも手軽に「診断らしきもの」を得られる時代が到来したのである。

「セルフ診断」の氾濫と危うさ

これらのデジタル診断ツールの多くは「医師の診断に代わるものではありません」と小さく注意書きを記している。しかし実際には、この結果を持参して「ネットで調べたら私はADHDでした」と受診する人が急増している。診察室で私が出会う患者の多くが、すでにデジタル上で「セルフ診断」を済ませた状態で来院するのである。

問題は、これらのツールの多くが医学的根拠に乏しく、診断基準を過度に簡略化している点にある。本来、精神科の診断は症状の程度、持続期間、機能的障害の有無、他の病気との鑑別など、複数の要素を慎重に検討して行われる。しかしデジタル診断ツールでは「集中力がない」「忘れ物が多い」といった表面的な症状のみで判定が下される。

誰にでもある一時的な不調に、簡単に「病気」のレッテルを貼られてしまう。そして一度そういったレッテルを内面化すると、人は自分の体験すべてをその診断名で解釈し始める。

この女性は、育児疲れで集中力が低下していた時期にADHD診断アプリを使用し、「ADHDの可能性が高い」という結果を得た。それ以来、自分の育児の困難を「ADHDの症状」として解釈するようになり、本来必要な育児支援や夫との関係調整ではなく、ADHD治療薬を求めて受診した。

デジタル診断は、本質的な問題を覆い隠してしまう危険性を孕んでいる。診断名という「わかりやすい説明」を得ることで、人間関係、労働環境、社会的孤立といったより複雑で対処が困難な現実の問題から目を逸らしてしまうのだ。