ササ藪から飛び出してくるかも…
あたりは獣臭でむせ返るようだった。
母グマが通った跡は、ササ藪がトンネル状になっている。そこを慎重に進んでいく。時折、斉藤の姿がササ藪に隠れてしまうが、足音でお互いの位置を把握する。
ようやく2人は、斃れた子グマの場所にたどり着いた。体重は100キロには満たないだろう。ロープを取り出し、ヒグマの首へかけ、さらに鼻先に結んで一直線にする。こうしておけば、ササ藪の中を引きずっても外れない。100キロなら2人で引けば何とかなる。
問題は、母グマが戻る可能性だ。
あたりに母グマの気配はない。子グマが絶命しているのを確認して、その場を去ったのか、それともまだ未練断ち切り難く、こちらをうかがっているのか。
五感を総動員し、周囲の気配を探りながら慎重にロープを引く。ササ藪は帯のように濃淡があり、歩行そのものが重労働だ。時折休んでは音を聞き、ようやくササの薄い場所へ子グマを引き出した。
視界は開けたが、まだ油断はできない。母グマが完全に諦めたかどうかはわからない。斉藤は長いロープを取りに車へ戻る。赤石は周囲の気配に集中しながら待った。
赤石のハイラックスの荷台には、漁船で使うキャプスタンローラーが据え付けられている。これでロープを巻き取り、ヒグマを回収するのだ。
斉藤が戻り、長いロープを結び合わせ、準備が整う。車まではおよそ100メートル。赤石の合図でキャプスタンが回り、子グマが少しずつ動き始めた。2人は周囲を警戒しながら、ヒグマに寄り添うように林道へ向かう。
林道へ出た瞬間、赤石はようやく大きく息を吐いた。極度の緊張に満たされた時間の重さが、急に肩へ戻ってきた。
夕闇が迫る中、ハイラックスの荷台へ子グマを引き上げ、この日の猟はようやく終わった。


