弾は残り2発しかない…
姿の見えないヒグマとにらみ合いを続けながら、頭の中で必死に策を練る。来た道を戻ろうにも深いササ藪の中を戻ることになる。足元を取られたり、よろめいただけでも、すっ飛んできたヒグマに押え込まれるであろうことは目に見えている。
こうなったらヒグマと人間の「我慢比べ」である。
周囲は、不自然なほど静まりかえっていた。
風もなく、ササ一本揺れない。聞こえるのは、母グマが歯を鳴らす「カチカチ」という音と、前足で地面を叩く「ドン、ドン」という低い衝撃音だけだ。
弾倉には3発入れていたが、先ほど一発撃ったので、残りは2発しかない。腰のベルトには15発あるが、弾倉を撃ち切り、再装塡する5、6秒の間に2メートル先から突進されれば終わりだ。その猶予はない。
その時、耳元のイヤホンから無線が入った。
「無線、入っているか」
昨晩、電話で話した仲間の斉藤だった。
「入ってる。今、目の前に羆いるけど、動けない」
運良く、斉藤は近くにいるようだ。赤石はヒグマに悟られぬようマイクを手で覆い、小声で斉藤に今いる場所を伝える。
「林道に車がある。そこから(藪に)入った跡がついてるはずだ」
場所を伝えることはできたが、斉藤がたどり着けるかは分からない。来られたとしても、かなり時間はかかるだろう。
ササ藪の向こうではヒグマが相変わらず荒い呼吸を続け、「カチカチ」と歯を鳴らしている。こちらは一歩も動けず、時間だけが過ぎていく。
頼もしい援軍
どれくらい時間が経っただろうか。遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。
「来たか」
すると、ヒグマの気配が、ふっと薄くなった。木から落ちた子グマの様子を見にいったのかもしれない。その木は、そこから10メートルほどの所にあった。
赤石はようやく時計に目を落とした。にらみ合いを始めてから、1時間以上が経過していた。春グマ猟で数々の修羅場を経験してきた赤石でも、2メートルの至近距離で2時間以上もヒグマと対峙したのは初めてだった。
ヒグマの興奮は少し収まっているように思えたが、気を抜くわけにはいかない。唸り声や歯を鳴らす音は聞こえなくなっていたが、藪の中にヒグマの気配は依然として濃厚だった。
背後で車のエンジン音が止まった。
「どこにいる」
斉藤から無線が入る。
「車の助手席側に藪へ入った跡がある。そこを進んでくれ。羆がまだいるから気をつけろ」
「わかった」
短いやり取りで十分だった。藪をかき分ける音が背後から近づいてくる。赤石の前方はほぼ見えないが、後方はかろうじて藪が薄くなっている。ようやく斉藤が姿を現した。赤石は自分の左側につくよう手で合図を送る。斉藤は、赤石の左側10メートルの位置についた。にらみ合いを始めてから、間もなく2時間になろうとしていた。
撃った子グマを回収する作業が残っているが、母グマが諦めてこの場を去らなければ、それもできない。
だが、今は1人ではない。ほんの気持ちだが、先ほどよりは対峙しやすい。赤石は手を上げて、斉藤に前進の合図を送る。
視界のきかないササを銃身でかき分け、一歩ずつ進む。いつヒグマが飛び出してくるかわからない緊張に喉が渇く。ヒグマがいたと思われる場所まで進んだ。

