「ひとり老後で最も不安なことは」の答え
「遠くの親戚より、近くの他人」
昔から、いざというときに頼れるのは結局、隣近所の人なのだということはちゃんとわかっていたのですね。江戸時代の六軒長屋の名残りからか、向こう三軒両隣、つまり自分も含めて近所の六軒は「親戚も同様」と互いに助け、助けられる緊密な関係が保たれていたものです。
現代へと移り、少し前までは、近所づきあいはわずらわしい、個人のプライバシーを尊重し、必要最小限度のつきあいに留めるほうが望ましい、という価値観が定着していましたが、ここにきて、風向きがかなり変わってきているように感じます。
今後は“ひとり老後”が当たり前になっていきます。生涯をシングルで通す人も増えていくし、子供が独立し、夫婦のどちらかが先立った後も、ひとりでシャンと生きていく生活を選ぶ人も増えていくことでしょう。
「ひとり老後で最も不安なことは?」と尋ねると、異口同音に返ってくるのは「孤独死」という言葉でした。
人は誰でもひとりで生まれ、ひとりで死んでいくものなのです。それでも、死後、誰にも気づいてもらえないで、ずっと放っておかれるような最期はつらいですね。
その可能性をできるだけ少なくし、ひとり暮らしなりに人生の最期を――死んだ後のことも含めて――自分が望むように迎えることができないかと考える動きが最近は生まれていると聞きます。
それは「孤独死」ではなく、自立したひとりの人間として、尊厳のある最期ではないだろうか。そうした死であれば、むしろ人として当然の姿であり、みじめだとか寂しいと受け止める必要はない……。そうした死を「ひとり死」と呼ぼうというのです。
「ひとり死」を支えるのはご近所仲間
「ひとり死」に備えるためには、元気で頭もしっかりしている間にあらかじめ、「病気や老いが進んでひとり暮らしが難しくなったら、自分はどうしたいか?」を明確にしておく必要があります。
自宅で生活を続けたいのか、施設に入りたいのか。病が進んできたら、どこまで延命治療を受けたいのか。死後に知らせてほしい人のリスト。どのように葬られたいのか。できればお墓はこのように……。そんな、自分の希望を書いたノートなどを用意しておくといいでしょう。
そして、これをご近所の人に渡しておくか、自宅のどこにあるかをわかるようにしておきます。
つまり「ひとり死」を支えるのは、離れて住む家族ではなく、毎日のように顔を合わせるご近所仲間なのです。
この「ひとり死」の準備のキーポイントは、まさに“鍵”です。あらかじめ、自宅の鍵をご近所のどなたか親しい人に預けておくようにします。そのくらい、親しく信頼がおける知り合いを近所につくれるかどうかにかかっています。
さて、あなたには、そんなご近所さんがいるでしょうか?
晩年の少し手前でも、近所に鍵を預けておける知り合いがいると、体調を崩してどうにも動けないときや、うっかり鍵を失くしてしまったときなどに、本当に助かるものです。
最近の鍵は精巧にできていて、鍵を失くすと業者を呼んで開けてもらうしか方法がないのですが、それにはかなりの待ち時間と、出張費なども含めて少なくない費用がかかってしまいます。
「大丈夫、同じマンション内に親しい知り合いがいるから」という人は安心です。
「いやいや、鍵を預けるなんてとんでもない!」という人は、これを機会に少し考え直してみてはいかがでしょうか。


