看取りは結果ではなくプロセスが大事

最後に親と話した方がいい、とすすめるのは親のためというより、むしろ残される子どものためだ。

岡山先生の担当した患者家族の中には「うちの父は、とんでもない父で……」と恨み言ばかり言っていた人が、思い出話をしているうちに「それでも釣りを教えてくれたのは父だったな」と、親の良い面を思い出せた人もいるという。

一方で、お別れを経ても「やっぱりひどい親だったと再認識できた」という人もいる。「それでもいいんです」と岡山先生。お別れするというアクションしただけでも、後にその人が受けるショックを緩和できるという。

「多くの看取りを見てきて、結果ではなく、プロセスに納得する人が多いと感じています。親の看取りでどのようなプロセスをたどれば、納得できるのか。自分に対してもそうですし、きょうだいに対しての誠実さを大切にしてほしいです」

もし親と疎遠のきょうだいがお別れするのを拒否した場合は、「報告です」と端的に状況報告のハガキを送ったり、メールで親の様子を撮影した動画を送ったりするのも有効だという。それだけで、親の現状がどのようなものか伝えることができる。

年賀状を書く人
写真=iStock.com/Yue_
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「親の死に目」は子への呪縛

さらに、岡山先生は、もし個々人の中で納得できるお別れができていれば、亡くなる瞬間に立ち会うことにこだわらなくていい、と話す。「親の死に目に会えなくなる」などと言われ、親の臨終の瞬間に立ち会うことは、古くから親孝行の象徴のように捉えられてきた。しかし、同時に、子への呪縛にもなっている。

よくあるのが、医者から家族に「もう最期なので、なるべく一緒にいてあげてください」と言われるケースだ。そうなるとトイレの間もシャワーの間も、夜寝ている間すら「大丈夫かな」と、緊張して待っていなくてはならない。もしトイレに行っている間に亡くなってしまったら「なぜあの時トイレに行ってしまったんだろう」と、自分を責め続けることにもなりかねない。岡山先生は言う。

「治療について一緒に悩んでいる人は、すでに、親との“別れの道”を一緒に歩いているんです。別れの絆は、もうできています。だから、最期の時、その時だけにこだわらなくて大丈夫。それは、親がその時を選んだだけの話ですから」。

このように、看取りのプロセスに納得して、精神的なわだかまりをなくしておくことが、きょうだい間の不要な衝突を防ぐ第一歩となる。

しかし、介護や親の看取りをめぐって、もう一つトラブルの火種になりがちなのが、金銭的な問題だ。岡山先生は「親の介護は親のお金でするのが大前提」としつつも、様々な事情からそうならないケースがあると語る。親に十分な貯蓄や資産があるにもかかわらず使いたがらない場合や、そもそも家に十分なお金がない場合など様々だが、子どもが医療費や介護費用の支払いを余儀なくされるケースもある。