「違法ギリギリ」だから手を出せない
今回の行動は、日本の領海侵犯ではなく、日本の領海外で行われたものだ。ここを誤ると、危機感はむしろ空回りする。
外務省の解説によれば、国連海洋法条約(UNCLOS)は領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、公海を区別している。領海は原則として基線から12海里までで、沿岸国の主権が及ぶ。
接続水域では通関、財政、出入国管理、衛生など一定の分野で沿岸国の規制が及ぶ。排他的経済水域(EEZ)では、沿岸国が天然資源の探査、開発、保存、管理などについて主権的権利を持つ。一方、公海では航行の自由や上空飛行の自由が認められる。
国連条約集の国連海洋法条約ページは、同条約の発効日や締約国状況を確認できる基礎資料である。
この法的構造は、日本の対応の幅を狭める。防衛省資料は、第5水上戦隊所属の護衛艦「あさひ」が警戒監視・情報収集を行ったと明記している。焦点は、その後に残る限界だ。相手は、違法と断定しにくい海域で、軍事的意味の大きい訓練を積み上げている。
中国軍にとって、この手法は二重に有利である。軍事的には練度を上げられる。政治的には、日本が強く反応すれば「日本が緊張を高めた」と宣伝し、反応が鈍ければ「日本は止められない」と周辺国に見せられる。中国は、法の余白と情報戦の余白を同時に使っている。
「また中国空母か」と思ってはいけない
中国側の第一の意図は、南西諸島を越えた空母運用の常態化だ。
宮古海峡を含む南西諸島周辺は、中国海軍が東シナ海から太平洋へ出る際の重要な通路に近い。そこを越え、台湾東方やフィリピン東方へ進むことは、中国軍にとって「西太平洋でも普通に作戦できる」と示す能力証明になる。
令和7年版防衛白書の中国に関する記述は、中国が第一列島線を越えて第二列島線を含む海域へ戦力投射できる能力など、より遠方の海空域で作戦を行う能力を構築していると説明している。今回の「遼寧」は、その長期的な流れの中で見るべきだ。
戦略国際問題研究所(CSIS)の分析も、2025年に「遼寧」と「山東」が第一列島線外で確認された日数は計58日で、2024年の32日を大きく上回ったと指摘している。空母の太平洋進出は、例外的な遠征から反復される訓練へ変わりつつある。
ここで中国の意図と日本の限界がかみ合う。中国は、空母が南西諸島の外側に出ることを日常にしたい。日本は、領海に入らない限り、強制排除よりも監視中心の対応になりやすい。一回ごとは「通常訓練」と説明できる。だが回数が増えれば、「中国空母がまた来た」という慣れが社会に生まれる。
既成事実化は、劇的な一線越えよりも、段階的な積み上げとして進むことが多い。最初は遠くで訓練し、次にやや近くで発着艦を増やし、さらに補給艦を伴って滞在時間を延ばす。違法と断定しにくい行動を重ねるうち、作戦可能な空間が広がる。中国軍は、その段階的な変化に日本がどこまで反応するかを測っている。

