テナント撤退が相次ぎ、売り上げが半減

順調に歩みを進めていたところに、1995年1月17日、阪神・淡路大震災が襲った。

震災後、OPAは低迷していく。1995年10月には、ディスコに使われていたスペースにパチンコが出店した。20代から30代の若い女性をターゲットとし、ディスコが入っていた施設にパチンコが出店する……このテナント変遷だけでも時の流れと苦戦ぶりを感じる。

ただ、震災そのものが廃墟化の主因と見るのは正確ではないだろう。建物は大きな損傷を免れ、10日後には通常営業を再開している。震災後の落ち込みが戻らなかったのは、消費低迷の局面で、ホテル・劇場・モールの客層がバラバラという構造的欠陥が露呈したためと見るほうが実態に近い。20代女性向けのディスコがパチンコ店に置き換わったテナント変遷は、ターゲット顧客を見失った施設の象徴的な姿である。

そしてその後、テナントの撤退が相次ぎ、赤字に陥っていった。2002年2月期の売上高は約62億円で、震災前の約半分にまで落ち込んでいた。

2001年3月には当時運営を担っていた十字屋からダイエーグループの福岡ドームへ営業権が譲渡され、2002年3月にOPAからアベニューに改称。9月にかけて全面リニューアルされた。

約3分の2が空きテナントに

2004年にはダイエーグループが営業権を手放し、モルガン・スタンレーへ売却された。ここで子ども向けフロアの導入や新規テナントの誘致などのテコ入れが行われ、空き区画は減少する。運営管理はモルガン・スタンレーグループが行っていたが、2006年にジオ・アカマツ(現野村不動産コマース)へ委託された。商業施設運営のプロに任せて、客数を増やすことが狙いだった。

ところが、2009年にはタイの大手財閥へ売却。この時点でテナントが激減していた。

JLLモールマネジメントによって、現在の「コトノハコ神戸」にリニューアルされたのが2019年7月。リニューアル前には、モールの半分ほどが空き区画となっていた。現在、閉鎖されている地下2階はこのときから全面空き区画だった。

「コトノハコ神戸」は三宮などと差別化を図るため、“コト消費”が重視された。だが、リニューアル後もテナントの入居率は7割にとどまった。直後に襲った新型コロナウイルスも逆風となっただろう。

興味深いのは、これだけ運営主体が入れ替わり、子ども向けフロアの導入から「コト消費」への舵切りまで試みながら、入居率を回復できなかった点である。問題は「何を売るか」ではなく「誰に売るか」であり、客層がバラバラのまま施設規模だけが巨大に残るという構造そのものを、誰も変えられなかった。465億円かけた「西日本一」の規模が、皮肉にも縮小やコンセプト刷新の選択肢を奪っていたのである。

そして今となっては、冒頭に述べたように大部分が空き区画となっている。現地のフロアガイドをもとに区画数で計算すると、2026年5月時点で埋まっているのは約37%。4割にも満たない状態だ。この割合には、一般の買い物客が集まらないオフィスやクリニックも含まれている。