事実上の「対中包囲網」

今回の会議で見えたのは、中国を意識した緩やかな牽制網が点ではなく面として浮かび上がった、ということだ。AP通信が6月1日に配信した記事によれば、小泉氏は「分断は抑止を弱め、結束は抑止を強める」と訴え、米国、欧州、同盟国・同志国の間に隙間が生じれば、それを好機と見る勢力が現れると警告した。

防衛省の演説全文では、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)、日米豪印の協力枠組み(Quad)、東南アジア諸国連合(ASEAN)各国との防衛協力、米英豪の安全保障枠組み(AUKUS)などにも言及された。小泉氏は協力を「点ではなく線にし、線ではなく面にしていく」と述べている。中国にとって厄介なのは、これが米国の命令に各国が従う単純な構図ではないことだ。各国が自国の不安と利益に基づいて、装備、訓練、情報、産業基盤を少しずつ接続している。

防衛省の出席概要には、日豪ニュージーランド3カ国防衛相会談、日米防衛相会談、日英、日韓、日シンガポール、日フィリピンの会談が並ぶ。とりわけフィリピンとの間では、除籍後の「あぶくま」型護衛艦の移転をめぐる議論も示された。こうした会談の積み重ねは、派手な共同声明よりも実務的に効く。港、艦艇、訓練、補給、装備が少しずつつながれば、有事の抑止力は紙の約束より強くなる。

「反論の機会」を得られなかった代償

中国から見れば、こうした連携は包囲に映るかもしれない。だが、周辺国から見れば、自国の選択肢を増やすための保険である。中国が安心感を与えられれば、連携の緊張度は下がる。逆に、威圧的な行動を重ね、説明を避けるほど、各国は日本や米国との協力に価値を見いだす。小泉氏の演説は、この因果関係を中国側に突きつけた。

軍事的勝敗で測れば、中国に敗北という言葉を貼るのは乱暴である。中国の軍事力は大きく、外交的影響力もなお強い。米中関係でも、ヘグセス氏は中国との対話や安定的関係に触れており、会議全体が単純な反中大会だったわけでもない。中国政府の立場から見れば、自国主導の場を重視し、欧米系の安全保障会議に過度な重みを置かないという判断もあり得る。

それでも、シャングリラ会合は周辺国が中国を見る鏡になった。6月2日に公開されたシンガポールのラジャラトナム国際研究院(RSIS)の論考は、董軍氏の欠席を、中国が地域安全保障に関する自らの見方を示す機会の損失と位置づけ、小泉氏の反論も中国の言説力にとって失点だったと論じている。

なぜこの一連の場面が、習近平指導部にとって痛い展開になったのか。答えは、中国が軍事力を誇示する一方、各国の疑念に向き合う最重要級の舞台では高位の説明者を欠いたからである。その空白を、日本が「透明性」と「対話」の言葉で埋めた。

ここに中国の大誤算がある。軍事力を誇示し、大国としての影響力を当然視しながら、国際社会の前で説明する場には十分に出てこない。これでは、周辺国の目には“大国ごっこ外交”と映りかねない。大国とは、味方の前で強く語る国ではなく、疑う相手の前でも説明し続けられる国のことだからだ。

毛沢東や習近平などの中国指導者の顔写真が描かれた皿が並ぶ、土産店のショーウインドー
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