治療の甲斐なく、号泣した夜も

まず動いたのは施設認定の取得だ。造血幹細胞移植は、患者本人の造血幹細胞を使う自家移植と、自分以外のドナーの造血幹細胞を使う同種移植がある。さらに同種移植は、血縁者をドナーとする血縁者間移植と、骨髄バンクや臍帯血バンクに登録されたドナーから移植する非血縁者間移植に分けられる。

このうち非血縁者間移植は、学会の移植施設認定基準を満たして認定を受けないと実施できない。また、その前提として骨髄を採取するための施設認定がいる。もともととりだい病院はそれらの認定を受けていたが、移植をやらなくなったために失効していた。

「骨髄採取は、私に実績があったので認定をすぐ受けられました。一方、非血縁者間の施設認定は認定医がいるだけではダメ。施設として血縁者間移植の実績を積まなくてはいけないし、看護師やHCTC(移植コーディネーター)にも条件を満たしてもらう必要があります。幸いとりだい病院はみんな協力的で、勉強会に積極的に参加してくれた。21年にはカテゴリー3の施設認定を受け、非血縁者間の移植も可能になりました」

この流れに巻き込まれた看護師の一人が、血液内科の副師長(取材当時)、武田紗知だ。武田はとりだい病院に入職後は小児科病棟での勤務を希望。小児科病棟にはさまざまな病気にかかった子どもが入院している。担当になったのは血液がんだった。

「白血病の抗がん剤は強くて、痛みや吐き気で夜眠れないお子さんも多かったですね。血液がんは入院期間が長めです。それだけ私たちとも関係が深くなりがちで、一緒に遊んだり写真を撮ったりもします。治療の甲斐なく患者さんが亡くなり、号泣した夜もありました」

何度やめてしまおうと思ったことか

自分には、もっとできることがあるのではないか。そう考えていた頃に小児医療に特化した静岡県立こども病院を見学して刺激を受け、がん化学療法の認定看護師の資格を取得することを決意。1年間休んで学校に通った。当時をこう振り返る。

「小児がんの経験はありましたが、胃がんや大腸がんなど成人のがんは何の知識もない。勉強がたいへんで、何度やめてしまおうと思ったことか……」

医療スタッフ
写真=iStock.com/Chong Kee Siong
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卒業して病院に戻ると、予想外の辞令が出ていた。血液内科や消化器内科、腎臓内科の病棟に異動が決まったのだ。もともとやりたかったのは小児医療。最初の数年は小児科への転属希望を出していた。覚悟が決まったのは、河村が来て移植が本格的に再スタートしてからだ。

「小児も含めて移植の経験が病棟でもっとも多いのが私でした。そうすると自分が動かざるを得ない。仕方なくです」

まるで本意ではないような口ぶりだが、けっして受け身でいたわけではない。後述するCAR-T細胞療法という新療法の視察で他の病院を訪問しときは、本来のテーマとは異なる移植の看護についても積極的に質問した。「仕方なく」は武田なりの照れ隠しだ。

「小児病棟に戻りたい気持ちは今でもあります。ただ、そのためにも後進を育てないといけない。血液がんの看護は、がんの種類やドナーによっても意識すべきことが違う。今は若い看護師と一緒に担当を持っていろいろ伝えているところ。血液がんや移植看護にもっと興味を持ってくれるといいなと思います」