「虐待の連鎖を断ち切るべき」
「スポーツ業界には、虐待サバイバーが多い可能性がある」とも、伊藤氏は指摘する。虐待を受けたことが成功体験の一部になって、それを正当化する。すると親になった時、また子どもに同じことをする恐れがあるという。「だから大人世代が虐待の連鎖を断ち切らなければならない」。
また、成功体験としてそれを語る人がいる陰で、虐待を受けて苦しんでいる人は、その何倍もいるのではないか、という懸念がある。「パワハラの問題ともすごく似ている。厳しく指導してモーレツ社員を作るといった昭和的な価値観はもう維持できない。社会が変わってきているのに、なぜいまだにこうした時代錯誤なことが起きているのか」
さらに、パワハラだけでなく、性加害を免罪する考えにもつながっている恐れがあるという。「殴っても後で和解できるという考え方は、性暴力にも似ていて、嫌な感じがする。性暴力をふるっても、抵抗をあきらめた被害者に対し 『結局、被害者は喜んでいる』 としてしまう認知の歪みにより、同意のない性行為もたくさん合理化されてきた」と伊藤氏は話す。
なぜ加害者目線になるのか?
共通しているのは、被害者目線ではなく、加害者目線で物事を捉える傾向の強さだ。「被害者側はどういうふうに考えて、どういう心情で暮らしているかということへの想像力がまるで欠如している。強い人間に対する想像力、同情力はあるけれども、その陰で虐げられている人たちに対する共感力や想像力に欠けている社会なのではないか」と伊藤氏は指摘する。
だから、阿部氏への同情論に世論が傾く一方で、娘たちの痛みには想像が至らないということだろうか。長女からの通報を受けた児童相談所が警察に通報し、警察が阿部氏を逮捕したことさえ、「やりすぎだ」と批判する人が出てくる状況だ。
親の「懲戒権」はなくなった
しかし既に、親はしつけのために子どもを懲戒できるとされた「懲戒権」は2022年に民法から削除。親の子どもへの暴力は、暴行罪または傷害罪に当たり、これらは刑法の中でも軽い罪ではない。その中でも「今回、逮捕に至ったのはよほどのことだ」と伊藤氏。伊藤氏がこれまで手掛けたDVや児童虐待の事案は数え切れないほどあるが、逮捕に至ったことはほとんどない。今回の件がどうだったかは不明だが、一般的な話としては、逮捕までに至るのは、加害者が警察に逆らったり、被害者に生命の危険があったり、今後も暴行が続きそうな切迫した状況だったり、それらが重なった場合に考えられるという。


