1年待ちは覚悟、英国のがん手術

一方、「ゆりかごから墓場まで」という言葉に代表される手厚い社会保障がなされてきた英国。経済低迷、緊縮財政で見直しを余儀なくされたものの、公的医療保険として国費で賄われる「国民保険サービス(NHS)」があって、病気やケガの治療、出産、産後の母子のケアなどは無料で受けられる。

なんとも羨ましい制度のように見えるが、実際には問題点も多いようだ。居住している外国人も加入できるのだが、最近まで3年ほど運輸会社のロンドン事務所に駐在していた板垣研一さん(仮名)が、NHSに加入しなかった理由について語る。

「NHSは『かかりつけ医(GP)』の診察を受ける必要があります。でも、風邪かなと思ってGPに診察の予約を入れても、混んでいて2週間先ということがザラなのです。また、がん専門医の診察を受けたいと考えても、GPの紹介がないと受けることができません。日本のようにフリーアクセスではないのです。専門病院も混んでいて、がんの手術で1年待ちもザラにあるといった話も聞き、あまりの使い勝手の悪さに愕然としてしまいました」

公的医療費の予算不足が人手不足にハネ返り、NHSの現場は常に混雑しているのだ。高血圧や胃潰瘍といった慢性疾患と診断されて治療方針が決まっても、実際の治療は1カ月~半年に1回程度しか受けられないというケースもあるそうで、これでは治るものも治らない。「結局、日本企業の駐在員は海外旅行保険を使って、プライベートの病院にかかることが多いようです」と前出の中村さんはいう。

GPのレベルの問題もある。板垣さんは「事務所の英国人社員の妹さんは脚の具合が悪くてGPの診断を受けたのに、適切な処置をしてもらえませんでした。そのうちに脚の感覚がなくなり、フランスに行って治療を受けることにしたのです」と語る。

もっともこんなケースもあるそうだ。NHSに加入していた日本人が、体のダルさを訴えてGPの診療を受けたところ、すぐ専門医に回された。そこで下されたのが生体肝移植の診断。たまたまドナーが見つかり、手術を受けて事なきを得ることができた。日本で同じ治療を自費で行うと、合併症などで入院が長引けば2000万円以上もの費用がかかることもある。NHSも上手く機能すれば、加入者にとってのメリットはかなり大きい。ただし、目利きのGPに当たればという条件付きなのだが……。