「1万」の限界、「10万」の意味

宇野常寛氏。(略歴は前々回参照。http://president.jp/articles/-/11367

『PLANETS』7号が発行されたのが2010年8月。誌面リニューアルを図った最新号の『PLANETS』8号(特集≪21世紀の<原理>――ソーシャルメディア・ゲーミフィケーション・拡張現実)が発行されたのが2012年12月。7号と8号の発行の狭間で、宇野はとてつもなく面倒くさい作業に追われることとなる。未回収のまま放置していた代金の回収だ。

『PLANETS』は扱い書店が100店を超えたいまも、一切取次(書籍や雑誌の卸業者)を通していない。取次を介していなければ利幅は上がる。資本力のない同人誌にとっては見逃せない利点だ。だが、それは同時に、決済機能を自らが果たすということだ。代金は版元(出版社)が書店から直接回収しなければならない。

【宇野】『PLANETS』は僕のポケットマネーで全部賄われているので、僕が全部やるしかないんですが、当時はあんなに書店の精算が面倒くさいものだと知らなかった。最初のうちはまだ、数店舗だったからよかったんですよ。それが増えてきたときにはもう死にそうな目に遭いました。でも、5号が出るまで会社員でしたし、全然手が回らなかったんです。これはもう本当に何年も引きずってきた問題で、最終的には事務処理の専従スタッフを雇って資料を全部集めて、名寄せをして、何カ月もかけて精査させました。別冊も作ってますからね。3年未回収の代金もありました。未回収金は150万前後はあったかな。しかし、ほぼ解決しました。

長年の懸案を解決したいま、宇野が目指すのは10万部の大台達成だ。既存の雑誌ががたがたと部数を減らしている昨今、10万部とは相当に強気の目標設定に思えるが、宇野には根拠がある。そうしたい理由がある。必要な道筋も足りない部分も見えている。

【宇野】いわゆる日本の文化人みたいな人たちのツイッターのフォロワーの上限ってだいたい10万前後じゃないですか。著名な評論家が出す本の売り上げの上限も10万部強。批評系を視野に入れている読者の上限は大まかに10万だと思うんですよね。だから、『PLANETS』もそこを目標にしたい。10万だったらいまのまま書店との直取引でもギリギリなんとかなるでしょう。というか、せめてそれくらいの夢は見たい。そのためには、まずは書店の新規開拓です。それから自分がもっとメジャーになること。8号では、これから一緒に活動していきたい仲間をずらっと並べて、彼らのいいところをかなり引き出すことができました。自分のこれから考えていきたいテーマとか、描いていきたい世界観というものを雑誌というよりも1冊の本のように集約して、自分の世界観のわりと究極に近いところまで行けたと思います。やりきった感はありますね。でも、僕がここまでやっても、いまの組織力では1万撒くのが限界。それ以上行くには、やっぱり組織力が欠かせない。もっとはっきり言うと、お金と組織力が必要です。

宇野の現在の年収は、原稿料やテレビ・イベントの出演料が6,7割を占め、総額は同じ歳の大企業勤務の会社員の上を行く。とはいえ、描いている構想は彼のポケットマネーでまかなえるような規模では到底ない。6月、宇野はFacebook上でこう書いていた。「金が欲しい。事業資金的な」と。