災害時や日常の不安を狙う偽動画

ディープフェイクの問題が厄介なのは、政治や著名人の世界だけで起きる現象ではない点にある。

むしろ、災害や身近な安全の話題と結びついたとき、その影響は一段と大きくなる。私たちは不安が高まる局面ほど情報を求め、そこで「映像」が提示されると、それを証拠として受け止めやすいからだ。

その危うさが可視化された出来事が、2025年12月に青森県八戸市で震度6強を観測した地震の直後に起きた。

SNS上では、津波や建物の崩落を伝えるニュース速報風の動画が次々と投稿され、事実として受け取ってしまう反応も見られた。災害直後は、自治体や報道の情報が出そろう前に、断片的な映像が先に流れ込む。しかも人は、文章より映像のほうを「現実の記録」として信じやすい。

生成AIは、その心理の隙間に入り込みやすい。

同じ構造は、災害だけでなく、日常の危険と隣り合わせの話題でも起きる。たとえば2025年、クマによる被害が各地で相次ぐなかで、「クマが犬をくわえて逃げる」「女子高校生が小グマを抱いている」といった動画がSNSで広がった。

しかし、その多くは生成AIによる偽動画だと指摘されている。現実にクマ被害が起きているタイミングで、もっともらしい映像が出回れば、人々の不安は一層掻き立てられる。

抽象的なホログラムの熊の頭部
写真=iStock.com/BT Series
※写真はイメージです

偽情報がもたらす二方向の歪み

このとき深刻なのは、誤解が一方向ではないことだ。

山口真一『嘘で満ちていく社会 データで読み解くフェイク時代の構造』(朝日新書)
山口真一『嘘で満ちていく社会 データで読み解くフェイク時代の構造』(朝日新書)

誇張された偽動画は過剰な恐怖を生む一方で、「かわいい小グマ」の映像は「クマは案外おとなしいのではないか」という根拠のない安心感を生みかねない。過剰な恐怖と誤った安心という、正反対の誤解が同時に広がり得る。

この二方向の歪みは、現実の行動に影響を与える点で危険である。

野生動物との距離感や、災害時の判断のように、誤った理解が具体的なリスクにつながる領域ではなおさらだ。

しかも、偽情報は必ずしも「悪意ある投稿者」だけが広げるわけではない。

宮城県の女川町で、住民から提供されたとされるクマの写真をもとに、公式アカウントが注意喚起を行ったところ、後にそれが生成AIによる偽物だったと判明し、訂正とお詫びが出された事例もあった。

ここで示されるのは、善意の注意喚起であっても、素材の真偽確認が追いつかないと、誤った情報が公的な発信の形で増幅されてしまうという現実である。

生成AIが変えたのは、偽動画が作れるようになったことだけではない。災害や生活安全の局面で、映像が「証拠」として消費される速度を押し上げ、フェイク情報の影響が現実の行動に接続しやすい環境を作り出した点にある。

ディープフェイクは、政治の道具であると同時に、日常の判断を揺さぶる装置でもある。

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