有能すぎる奥様の憂鬱

意外なことに、ボヴァリー夫人はダメ人間どころか、とてつもなく有能な女性です。母を早くに亡くして農家を切り盛りしていたから、家の仕事は万事そつがありません。

医療事務も診療のアシストもテキパキとこなします。料理も編み物もプロ顔負けの腕前。ピアノやデッサンだってお手の物です。

ピアノを弾く手
写真=iStock.com/puhimec
※写真はイメージです

こんなに真面目で有能なのに、女性なので職には就けず、田舎暮らしゆえに社交界も縁遠い。イタリア語や歴史、哲学の勉強に取り組んだこともありますが、いずれも途中でやめてしまいました。認められる場がなければ、独学を続けるのは難しい。

作りかけの刺繍も、デッサン用の紙ばさみも、戸棚に放置されたままになっています。

女学校育ちで小説のなかでしか男を知らないエンマは、男はみんな物知りで武芸にすぐれ、女を導いてくれる存在だと思い込んでいました。だけどシャルルはスポーツにも文化にも興味がなく、ファッションセンスも皆無。嫉妬深い姑にくだらないことで一日中ケチをつけられても、母親の言うなりのシャルルはかばってもくれません。

どうにか恋心を盛り上げようと月の光のもとで詩を暗唱し、夫に向かってアダージョを歌ってみるものの、冷めている自分に気づくばかりです。

女の人生って、なんてつまらないのだろう

こうなると、夫のやることなすことすべてが気に入らない。食後に舌で食べかすをこそげ落とすしぐさも、スープをのむときに一口ごとにのどをクックッと鳴らすのも、もともと小さい目が太ったせいで笑うたびに吊り目になるのも、全部イライラさせられました。

女の人生って、なんてつまらないのだろう。彼女は人生の望みを、男の子を産むことに託すしかありませんでした。

男の子を持つというこの思いは、これまでできなかったさまざまなことに対するひそかな復讐のようなものだった。少なくとも、男なら自由で、どのような情熱もたどれるし、いかなる国々も駆けめぐることができ、あらゆる障害をくぐりぬけ、どんなに遠くにある幸福でも食らいつくことだってできる。ところが女はしじゅう思うようにいかない。女は活発さに欠けるだけでなく従順だし、意に反して肉体の軟弱さを持ち、法に縛られやすい。

しかし生まれた子どもが女の子だと知り、エンマは失望します。そうこうするうちに美貌と上品さのおかげで田舎にはまれな貴婦人扱いされ、チャレンジャーな男たちの絶好のターゲットになっていました。