頑張らない生き方は許してもらえないのか

それが著者の言う、生まれたときにはすでに始まっている「理不尽なクソゲー」なのだ。子どもの数が多すぎて、幼少期から志望者を落とすための試験ばかりずっと受け続ける中で人格形成をし、競争が染みついた私自身にも「理不尽」の部分には大いに心当たりがある。

周りの、誠実に努力し続ける優れた人々を見回しても思う。なんでこんなふうに、「生きるとは頑張ること」なのだろうか。頑張らないという生き方は許してもらえないのだろうか。

東大生の親の平均年収は実は高い、なんて調査がたくさんあって、昨今の日本じゃ「親ガチャ」という、そもそも生まれ落ちる時に引き当てた親のスペックで子どもの可能性がはじめから限定されているとの言説も有力だ。