雅子さまが愛媛県のとべ動物園でホッキョクグマの「ピース」と対面した。「会うのが夢でした」。その言葉が各メディアで報じられた。ガラス越しの対面中、「涙出ちゃう」と口にし、最後には「名残惜しいわ」と語ったという。コラムニストの矢部万紀子さんは「2002年以降、記者会見は開かれておらず、公の場でこれほど自分を出された場面は記憶にない。それを可能にしたのは天皇陛下と愛子さまの存在だろう」という――。
皇居正門石橋
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雅子さまは初めて「夢」を語った

「ピースと会うのが夢でした」。皇后雅子さまが5月17日、愛媛県砥部町の県立とべ動物園でそう語ったと各メディアが報じていた。同動物園生まれのホッキョクグマのピース。砥部町に行けば、誰でもすぐ会える。だが、雅子さまにとっては夢だった。叶った。本当によかった。

よかったのはそれだけではない。雅子さまが自身の「夢」を語り、それが国民に伝わった。初めてのことだと思う。ご成婚から33年。雅子さまの葛藤の日々もこれで一区切り。そんなふうにさえ思えた、という話を書いていく。

そもそも皇族が国民に思いを伝える機会は、多くない。行事で言葉を述べるのもあるが、メインとなるのは誕生日など節目ごとの記者会見だ。愛子さまは20歳を迎えての記者会見を2022年に開いた。天皇陛下と秋篠宮さまは、お誕生日のたびに記者会見を開いている。上皇后美智子さまは皇太子妃時代はお誕生日ごとに記者会見を開き、皇后になってからは宮内記者会からの質問に文書で答えた。

雅子さまが記者会見を開いたのは、2002年が最後だ。2003年に帯状疱疹で休養に入り、2004年のお誕生日からは文書で感想を発表するだけになった。令和になって初めてのお誕生日(2019年12月9日)には記者会見が期待されたが、やはり文書だけだった。

雅子さま「涙出ちゃう」「名残惜しいわ」

雅子さまの文書を読んで感じるのは、「自分語り」をされない方だということだ。語られる内容といえば、日本や世界で起きたニュースのこと、災害などへの心配、明るい出来事への喜び、公務で訪れた先での印象、各方面への感謝の気持ち――などだ。抑制的で丁寧な筆致だが、雅子さまという人の素顔が見えない残念感が残る。もっと具体的なエピソードがあれば、国民と繋がりやすいのに。ずっとそう思っていた。

そこにピースである。会うのが「夢だった」という雅子さまの言葉があったからだろう、とても詳しく報じられた。ガラス越しの対面中、3、4回退席を促され、「涙出ちゃう」と口にした後、最後には「名残惜しいわ」と雅子さまが述べたという報道もあった。雅子さまの様子が眼に浮かんでほっこりする。

愛媛県砥部町の県立とべ動物園でホッキョクグマの「ピース」を見学される天皇、皇后両陛下=2026年5月17日午前(代表撮影)
写真提供=共同通信社
愛媛県砥部町の県立とべ動物園でホッキョクグマの「ピース」を見学される天皇、皇后両陛下=2026年5月17日午前(代表撮影)

参考:テレビ愛媛「皇后さま『涙出ちゃう』とべ動物園で白くま『ピース』と“夢”の出会い “一番白かった”理由は?【愛媛】
女性自身「《『会うのが夢』と涙ぐみ…》雅子さまが『かわいい』『名残惜しい』と夢中になった『超有名動物』

ここでやっとピースの紹介だが、1999年にとべ動物園で生まれた。子育てを放棄した母に代わり、飼育員の高市敦広さんが哺乳瓶でミルクを与え育てた。ピースの生後110日までは、毎晩家に連れ帰り、家族4人で面倒をみた。

という話はテレビでも取り上げられたし、本にもなっている。