坂崎室長の大胆なレポート
C社のイシューに戻ろう。この程度まで課題の本質が見えてくれば、かなりの部分はすでに解決に向かいつつあると言っていい。なぜなら、イシューが明確になると、解の方向性が限定されてくるからだ。
たとえば、競争優位を確立しようとする場合、大筋としてとりうる方法は3つだ。「競合より速くやる(fast mover)」「競合よりうまくやる(late diff erentiator)」「競合にはできないことをやる(market shaper)」である。状況(社風)から判断して、「競合より速くやる」はオプションから外される。
ちなみに、レイト・ディファレンシエーターの成功例には、ホンダのオデッセイがある。昔からあるワンボックスカーの車体を家族向けにつくり替えることで、ファミリーカーという巨大な市場を立ち上げ、新市場のリーダーになった。Late diff erentiation=市場の見方を変えることによる差別化の勝利である。
マーケットシェイパーの典型は、デジタルカメラだ。デジカメはフィルムカメラとフィルム市場をほぼ完全に駆逐してしまい、業界順位を大きく変えた。マーケットシェイパーとは、時には過去のパテントをすべて意味のない状態にしてしまうほどのインパクトによって、文字通り、新しい市場をshape=形づくる、競合優位の築き方である。
こうして、選択しうるオプションが限定されることによって、C社が選択すべきソリューションが存在する範囲、すなわち「解の空間」が見えてくる。そこから的確なソリューションを選び出すには若干のセンスが必要だが、「解の空間」を特定できればソリューションの振れ幅は小さくなる。少なくとも、不得意な先制攻撃でD社に無謀な戦いを挑んで返り討ちに遭うような愚行だけは、回避できるのである。
――坂崎室長は、新商品開発のスピードで勝負をするのではなく、ビールの醸造技術をベースに、ビールとは異なるマーケットを立ち上げるという大胆な発想でレポートをまとめた。神保社長がせっかちに尋ねた。
「要するに、何をつくると言うのかね。うちはビール会社なんだぞ」
「ビールにほんの少しスピリッツを垂らすだけで、酒類としてはリキュールに分類されます。リキュールは酒税法上……」
神保社長の口元がニヤリとゆるむのを、坂崎室長は見逃さなかった。
修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経科学プログラムに入学し、Ph.D取得。08年ヤフーCOO室室長、12年3月より現職。経営課題・提案案件の推進に関わる。著書に『イシューからはじめよ』。