京都中に広まっていた“衝撃”
そこで村井貞勝は二人に助命嘆願するよう言い聞かせた。しかし二人は「とても命御たすけはあるまじきものを」と答えた。どうせ助からないのだから、と。そして手紙を書くことを求めたという。
この部分、淡々とした記述を好むメモ魔の太田牛一なのに「感情の滲み」が伝わってくる。それくらいに久秀の裏切りがわけのわからない衝撃的な出来事だったことがわかる。
しかも、このパニックは世間にも伝播していた。処刑当日の様子を『信長公記』は、こう記している。
ここから先は無料会員限定です。
無料会員登録で今すぐ全文が読めます。
プレジデントオンライン無料会員の4つの特典
- 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信
- 約5万本の無料会員記事が閲覧可能
- 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能
- 記事をブックマーク可能

