怒鳴るリーダーに足りない「一貫性」
厳しさは、真剣さに比例しています。警察や消防、軍隊では、部下を守るために徹底した厳しさが求められます。失敗が命に直結するからです。同じように、僧侶の師が弟子に厳しいのも、その人生を預かっているからです。
厳しさは、相手の命や人生を守るために必要です。けれども、その矛先を誤れば一転して相手を傷つける力になってしまいます。本来は相手の成長や安全を願って向けられるべきものが、リーダー自身の保身や利益のために使われたら、厳しさは相手を育てる力ではなく、押さえつける力に変わります。
自分の保身や利益のために振りかざす厳しさは、「教育」ではなく「洗脳」です。
教育は、相手が自立して判断できる力を伸ばすための関わりです。一方、洗脳は、恐怖や同調圧力を利用して従わせるための関わりです。洗脳は相手の思考を停止させます。リーダーに求められるのは、相手の未来を見据えた「教育としての厳しさ」です。
「厳しいリーダー」と言われて思い浮かぶのは、感情的に怒鳴る姿かもしれません。怒鳴るリーダーに足りないのは「一貫性」です。本当の厳しさとは、一貫性があることです。駄目なものは駄目と、状況にかかわらず明確に示す。気分によって「今日はいいよ」と基準が揺れるリーダーには、誰もついていけません。
思いやりと厳しさを両立する3要素
良いものは良い、悪いものは悪い――状況によって基準を変えないことが前提です。
●言動における一貫性
叱るときこそ、リーダー自身が同じ基準を守っているかが問われます。自分が守らないルールを部下に求めれば、それは教育ではなく押しつけになり、信頼は崩れていきます。
●態度における一貫性
気分次第で許したり叱ったりするのではなく、誰に対しても誠実に接し続けることが大切です。
この3つが揃って、リーダーの厳しさは安心感と信頼につながります。
思いやりと厳しさは(ほめると叱る)は、対立するものではありません。幼い子どもには「よくできたね」と励ましが必要ですが、成長する過程では、壁を乗り越える厳しさも必要です。
ほめて調子に乗る人もいれば、叱られて伸びる人もいます。大切なのは相手の成長段階と性格を見極め、「ほめる」と「叱る」のバランスをとることです。スキル不足や準備不足、失敗への耐性不足など、誰もが避けられない経験は、放っておいても本人が直面します。
成長の過程で訪れる困難を見守るのも、リーダーの思いやりです。ときにはあえて距離を置き、本人が自ら壁にぶつかるのを待つことも大切です。思いやりのない厳しさは人を追い込み、厳しさのない思いやりは人を甘やかします。両者を兼ね備えたとき、はじめて人を育てるリーダーになれます。
相手のためを思い、ときに優しく支え、ときに一貫して厳しく伝える。その背後に「この人は本気で自分の成長を願っている」という確信があるからこそ、部下は安心してついていけるのです。

