破談になるも、木下は“和の愛弟子”と結婚

しかし、これは木下の女性関係を知る相馬の反対などもあり破談となった。その後、木下が結婚したのは和が愛弟子として教育していた和賀操子という看護婦であった。

元カレの結婚相手を、自分の愛弟子の中から選んで紹介する。現代なら「え、それやる?」となるところだが、和にとってはおそらく当然のことだったのだろう。木下が廃娼運動の同志であることは変わらない。ならば、信頼できる看護婦を添わせるほうが運動のためになる。個人の感情より、大義を取る。それが“和という女の流儀”だった。

それにしても、自分に恋心を抱いている年下の男が獄中で無実を訴えていると聞けば、燃え上がらないほうが難しい。

だけど、ちょっと落ち着いてほしい……だって木下との恋愛に燃えている頃、息子の六郎は20歳、娘のしんは18歳である。高橋政子「クリオへの感謝 歴史にみる看護婦群像 第4話 大関和のこと補遺」(『看護教育』22巻9号)では「(子供たちが)どんな気持ちで母の恋愛をうけとめていたのであろうか」とも記している。子供たちの気持ちを想像すると、なかなか複雑なものがある。

大関和は前列右から2番目。日本最初の看護婦と伝わる写真。
大関和は前列右から2番目。日本最初の看護婦と伝わる写真。(写真=佐波亘『植村正久と其の時代 第5巻』(1938年9月28日発行)より/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

史実にある“クセのある大関和”が見たい

こんな看護婦としての献身と恋愛の振り幅が広すぎる和を描くことは恥であろうか? そんなことはない、むしろ、これくらいの感情の激しさがなければ、誰もやったことがない看護婦になどなろうと思うはずがない。しかも、こんな激情に加えて、食事を出された際に魚がお頭のほうではなかったのに手をつけなかったというほど、上級武士の生まれであるプライドの高さがある。加えて、帝大病院ではついに禁じられたほど誰にでも構わず信仰を伝道しまくる。

どうだろう? 情熱的な美しい婦長が、医師にまで負けずに談判し、自分のために献身的な看護をしてくれる。しかも、なぜか常にナチュラルに上から目線の令嬢タイプ。そして、苦しんでいる時も、病気が治ってからもとにかく聖書を勧めてくる。

それも「信心すれば病気が治る」ではなく「あなたは、信じてないからダメなんです‼」と布教というより説教である。そんな彼女に患者の男性は残らず目がハート。そして、彼女も思い人には怒濤の勢い……そんなクセのある和を、そのまま朝ドラのヒロインにしてよかったはずである。

もちろん「ばけばけ」と同じく、すべてを描くことは困難であろう。でも、やはり史実のクセの強さを取り払い、白衣の天使を勘違いしたようなキャラ設定にしたことが「風、薫る」のヒロインにどこか物足りなさを感じる理由だろう。

ようは、読みやすく脱臭された『明治のナイチンゲール 大関和物語』にシナリオが引っ張られすぎているのである。

これまでも紹介してきたように、大関和の史実には面白いエピソードが眠っているのだ。まだまだ放送期間は長い。今からでも軌道修正は遅くはない。

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