「風、薫る」にはヒロインの“クセ”が足りない

さすがに、これを全部朝ドラで描くことなどできるはずない。しかし、そんな奇人な振る舞いなくして、怪談へと心惹かれる姿を描くことはできないと思ったのか。ドラマのヘブンは、糸コンニャクを嫌い「ジゴクジゴク」を繰り返してくれた。

さらに史実で八雲とセツが結婚した際に、セツが洋妾呼ばわりされたという史実も、物語として巧みに取りこんでいた。なにより、ドラマのトキは史実のセツがヒステリーを起こすことがあったという記録を取りこんでか、決して完璧な女性とは描かれなかった。

ようは、この、リアルに近くにいたら迷惑しそうな2人のクセの強さを描くことで、割れ鍋に綴じ蓋な夫婦となって人生を共に歩んでいく姿が完成していたのである。

「風、薫る」に決定的に不足していると感じるのは、ヒロインのクセの強さ、史実のままの強烈さである。

確かに、大関和と鈴木雅に関する史料は、八雲とセツに比べれば圧倒的に少ない。しかし、だからといってクセを削る理由にはならない。そもそも本作の原案は、田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(中央公論新社、2023年)という、史実をもとにしたフィクションである。つまり脚本家は、フィクションの上にさらにフィクションを重ねることができる立場にある。自由度は「ばけばけ」より高いはずなのだ。

大関和
大関和[写真=国立国会図書館デジタルコレクション/『実地看護法 5版』(新友館)/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

史実の大関和は“肉食系”

にもかかわらず、ドラマは史実ではほぼ無関係だった大山捨松を2人の人生に絡めることに力を注ぎ、肝心のヒロインたち自身のクセの強さを描くことに及び腰になっている。少なくとも現時点の史料上、大山捨松と和・雅が直接関わった痕跡は確認されていない。フィクションを足す場所を間違えているのである。史実を調べてきた筆者からすれば、これでは大関和の生き様をいかしきれておらず、もったいないと感じざるを得ない。

早くに看護婦を辞した雅に対して、生涯を事業に捧げた和に関する資料はそれなりに多い。

そこから浮かび上がるのは、看護婦を志して努力するシングルマザーでもなければ、一般にイメージされるナイチンゲールのような白衣の天使でもない。ひたすら貪欲な肉食女子である。

なにしろ、和についてはさまざまな資料に、“美人であった”とか、“彼女が病室に入ってくると患者達の顔が一斉に明るくなった”とまで書かれているくらい。とにかく、モテるのである。それも、一回り近く年下の男性たちからである。

その一人が、後に新宿中村屋を創業することになる相馬愛蔵。東京専門学校(早稲田大学の前身)に入学するために上京した相馬は、下宿で疥癬かいせんをうつされてしまう。当時は難治の皮膚病だ。こうして帝大病院に入院を余儀なくされた相馬が出会ったのが、婦長の和だった。