「海洋国家」の地位から転がり落ちた瞬間
イギリスが海洋国家として衰退していく経過を見る際に重要なのが、1997年の香港返還だ。香港返還はイギリス衰退の直接原因ではないものの、イギリスがアジアの戦略秩序を主導する帝国ではなくなったことを可視化した出来事だった。
香港はアジアにおける金融、法制度、貿易、海上交通のハブである。ロンドンと香港は、イギリスがアジアに影響力を残すための両翼として機能していた。
より深刻だったのは返還後だ。香港国家安全維持法が導入されて、民主派議員の資格を剥奪した際、イギリス政府は共同宣言違反と主張するだけで、約束が反故になるのをただ手をこまぬいて見守るしかなかった。
インド洋にあるチャゴス諸島のモーリシャス返還も同様だ。イギリスは2025年5月、インド洋の戦略的要衝であるチャゴス諸島の主権をモーリシャスに移す一方、ディエゴガルシアの英米軍事基地を少なくとも99年間維持する合意に署名した。
英米共同基地を維持するための方策ではあったが、これはイギリスがインド洋の要衝を単独で保持できなくなったことも意味する。
2026年4月にこの合意が事実上停止された。CNNによれば、トランプ大統領が「大愚策だ」「ディエゴガルシアを渡すな」と繰り返し批判し、アメリカの支持が得られず、イギリスはチャゴス諸島返還合意を停止したのである。イギリス政府はチャゴス諸島にあるディエゴガルシア基地を維持するためだけに返還しようとしており、アメリカ頼みなのは明らかだ。
「アジアの海洋国家」日本はどうなる?
イギリスは自国の海外領土を単独で管理できなくなっているほどに海軍力を失っており、香港を守れず、チャゴスを主権として維持できず、ホルムズを単独で開けない状態だ。
ここに、世界一の海洋国家だったイギリスの実態がある。もちろん、イギリスはいまだに世界に冠たるロイヤル・ネイビーを有し、ロイズを管理し、AUKUSやNATOなどの国際枠組みを牽引している。GCAP(次世代戦闘機開発)では日本、イタリアと次世代戦闘機開発を進め、なお高度な防衛産業を維持している。
ただ、単独でこれまでの安全保障システムを維持する力は失っており、その役目は徐々にアメリカに移りつつある。
シティはある水準の強さを維持しているものの、成長企業を引きつける株式市場としてはアメリカに及ばなくなりつつある。それとは対照的に、日本市場は企業統治改革や資本効率改善への期待によって、海外投資家から再評価され始めている。まだシティに迫っているというレベルではないものの、勢いという点では日本が目立っている。
ホルムズ危機で露呈したのは、かつてのイギリスモデルが限界に来ている事実だ。海のルール作りをしてきた国が衰退して、次に誰がルールを作るのか。アメリカがその役割を担いつつあるが、そこに中国が割って入ろうとしているのは言うまでもない。
そこで、アジアを代表する海洋国家である日本が、どういった役割を果たしうるか。それこそが、ホルムズ危機がわれわれ日本人に突きつけている大きな課題である。

