軍事、金融、保険市場が連携できず
そう言える根拠が、ホルムズ危機におけるイギリス保険組合ロイズの態度である。紛争が起きている時であってもタンカーへの保険を担保することで海洋秩序を保ってきたロイズが、今回のホルムズ危機においては、実質的にその一部を拒否したのである。
ロイズは1つの保険会社ではなく、ロンドンを中心とする保険市場である「ロイズ市場協会」のことを指している。ホルムズ危機をめぐって、ロイズは「戦争保険はなお利用可能であり、通航減少の主因は保険の欠如ではなく安全上の懸念だ」と説明している。
しかしながら、戦争リスク保険料は急騰し、通航条件は厳格化しており、保険市場は「この海は安全に通れる」とは判断しなかったのである。海軍が航路の安全を十分に保証できないとき、保険市場はリスクを引き受けるのではなく、価格に転嫁する。
かつてのイギリスは、ロイヤル・ネイビーが海を守り、ロイズがその海のリスクを引き受け、シティが貿易金融を支えた。ところが現在は、海軍が十分に守れない海を、ロンドンの保険市場も簡単には保証できなくなっている。ホルムズ危機は、ロイヤル・ネイビーの衰退を、保険市場が価格で可視化した事件だった。
新しい「英国病」を作ったサッチャー
イギリスの衰退は、軍事だけの問題ではない。その根には、経済モデルの行き詰まりがある。
1970年代のイギリスは「英国病」と呼ばれる停滞に苦しんだ。その原因は労働組合の強すぎる影響力、国有企業の非効率、インフレ、財政悪化、産業競争力の低下など多様だった。
そんな危機に登場したのが、「鉄の女」ことマーガレット・サッチャーだった。
サッチャー首相は、民営化、規制緩和、労組改革、金融自由化によって、大きな反発をはねのけて英国病を退治した。イギリスは再び市場経済の活力を取り戻し、シティは国際金融の中心として復活した。
だが、その成功モデルの継続が新しい病を生んでしまう。金融とサービス業は強くなる一方で、製造業と地方経済は痩せ細ったのだ。国家は効率化されたが、公共サービスの基盤は弱くなった。労働市場は柔軟になりイギリス企業は生産性を取り戻したが、総合的な国力を左右する中間層の安定が失われた。
「サッチャー改革」という劇薬によって英国病は克服されたものの、あまりに長く継続しているうちに、今度は「金融に強く、実体経済に弱い」という新たな「英国病」を作ってしまったのである。

