六角や朝倉の配下のままだったら…
そう、問題なのはここである。婚姻同盟を結んでしまった以上、いまさら「信長殿、どうか配下にお加えください」とはいえない。
このまま対等の看板を掲げ続けても、未来は見えている。やがて織田家の親戚として組み込まれ、有名無実の存在になり、軍団のコマとして使われ、いずれは領地も奪われていくかもしれない。
もしも、六角や朝倉の配下のままだったら、まだ手はあった。「うちの主君は弱い、向こうにめっちゃ強いヤツがいる、よし配下を乗り換えよう」。これがそもそも久政の戦略であり、戦国の中堅クラスの大名・国人にとってのスタンダードな生存術であった。ところが、信長との同盟で結婚……それも、家臣の娘とかならまだしも、妹を娶ったものだから、今さら頭も下げれない。こうなると、打開策は裏切りしかなくなってしまう。
致命傷になった「親子関係の悪さ」
信長との裏切りを久政が主導したかは定かではないが、選択肢がこれしかなくなっていたのは事実だろう。なにより、浅井が裏切った時点では信長とて完全無敵の強者ではなく、まだ浅井氏も活路を見いだせたからだ。なにしろ、朝倉だけでなく、本願寺に比叡山と共に信長と戦う者がたくさんいたからだ。
こうしてみると、浅井氏の失敗はなんだろう。やっぱり、親子関係の悪さだったのではないだろうか。


