ポジションを即理解、役割を完璧にこなした男

誤解してはならない。義昭は現状認識ができなくなっているわけではない。この男は、与えられたポジションを瞬時に理解して、その役割を完璧にこなす能力に特化していたのである。

現代のビジネスの場でも、こういう人物がいる。今日は自分が主役として場を引っ張り、明日は後輩を立てるために一歩引く。上司の前では従順に、取引先の前では堂々と。「立ち位置」をフレキシブルに切り替えられる人間だ。

義昭はまさにそれだった。自分が将軍を狙う候補者となれば、脱出一週間後でも完璧な将軍書式で「任せた」と書く。追放された将軍としての立ち位置になれば、追放3カ月後でも「来春義兵決行」と堂々と書く。どちらの局面でも、そのポジションに求められる振る舞いを迷わず実行している。

だからこそ、晩年の義昭の身の処し方も腑に落ちる。秀吉に召されると、義昭は平然と出仕した。長年の宿敵・信長の後継者である秀吉のもとに、である。かつての将軍が、である。傍から見れば屈辱以外の何物でもない。ところが義昭には、おそらくそういう感覚がなかった。

本人の心境を想像するとこうなる。

「あ、将軍役は終わりましたか。次は御伽衆ですね、わかりました」

いや、もしかすると心の中ではこう思っていたかもしれない。

「別当になるかと思ったら将軍をやって、今度は、猿にへーこらして1万石もらってるんだぜ。俺ってすごいだろ……なあ藤孝」

なんとも、義昭からは学ぶべき歴史の教訓が多い。

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