年金破綻は起こりえるのか
――社会保障費が膨張し、国家財政を圧迫している。となると、日本と同じく、年金崩壊が懸念されます。以前には「2035年に中国の年金が枯渇」とも騒がれました。
【片山】中国社会科学院世界社会保障研究センターのレポート『中国養老金清算報告2019~2050』でのシナリオですね。高齢化が進むなかで、年金財政は悪化。2028年に支払い額が掛け金を上回る赤字となり、2035年には累積剰余金がゼロになるとの見通しです。
これが「年金枯渇」という形でメディアでとりあげられたのですが、強すぎる表現です。「寿命の延びなどの影響で現行の制度設計には課題があり、修正する必要が生じた」……という落ち着いた理解が必要です。
実際に、レポート『中国養老金清算報告』の改定版では、シナリオは大きく変わっています。定年延長などの改革によって、赤字は2036年、剰余金ゼロは2044年へと後ろ倒しになりました。
――まだ中途半端な延命策というか。習近平総書記が自分の任期で破綻しなければ良し、「次のトップに解決を任せた」と先延ばししているようにも見えます。
【片山】確かに、問題がすべて解決したわけではありません。高齢化が進展する中で、社会保障を維持することは世界中のどの国も苦しむ難題で、中国も年金基金の投資運用を改善するなど別の形で、さらなる解決を図ることになるでしょう。ただ、「枯渇」「崩壊」と報じられることが多いので意外に思われるかもしれませんが、他国と比較すれば中国の社会保障が破綻する可能性は低いと見ています。
ヨーロッパと日本の“中間の仕組み”
――素朴な疑問ですが、日本と中国、どっちの社会保障制度がよくできているのでしょうか。
【片山】理想の社会保障制度は一概には言えません。その国の伝統・文化や、それまで培われた相互扶助の概念などによって異なってくるからです。ただ、民間保険会社傘下の企業に勤める従業員という目から見ると、中国の医療保険はよくできた設計に見えます。日本のような手厚い給付ではないが、持続可能性は高い。
中国の改革開放をリードした、かつての最高指導者、故・鄧小平は1992年に欧州の福祉国家が財政的に立ちゆかなくなっていると指摘し、家庭や家族による扶養の重要性を指摘しています。日本や欧州のような福祉国家ほど手厚い給付はないが、アメリカのような市場原理でもない。その中間に落とし所を求めたのが中国の社会保障です。
――なるほど、持続可能性という意味では、中国の社会保障には評価すべき点が大きいということですね。一方でその弊害がないのでしょうか。
【片山】国の支援だけでは老後の生活や緊急時の医療費支出に不安がある。なので自己防衛として一般国民は貯蓄を増やし、結果として内需を下げているという側面が指摘されています。
取材後記――年金問題は「国民の貯金頼み」
人民の生活をないがしろにしつつ、軍備増強にひた走る中国。
片山さんの話からうかびあがる実像はそうしたステレオタイプとはかなり違う。国防予算の約3.7倍という膨大な予算を社会保障に注ぎ込みつつも、欧州のような福祉国家は目指さず、ほどほどの国家支援とほどほどの自助努力で、持続可能な社会保障を目指しているのだ。
体にガタがきている中年の筆者としては日本の手厚い社会保障はありがたいばかりだが、財政面から考えて「中国式のコスト抑制を学ぶべき」との声が上がっても不思議ではなさそうだ。
その中国のあり方も正解かどうかは怪しい。中国経済の課題は消費不足だが、社会保障が手薄なために国民が消費に資金を回せないことは主な要因の一つ。世界銀行の「GDPに占める家計最終消費支出比率」を見ると、中国は40%。日本の55%、米国の68%と比較して明らかに低い。
中長期的に考えると、この比率を上げることが中国の成長にとって不可欠だ。そのための処方せんとして、中国内外のエコノミストたちは社会保障の拡充を提唱しているが、その案を採用すると今度は社会保障の持続可能性が低下する。
中国の社会保障が「持続可能」である最大の理由は、国民が国に頼らず自分で貯め込んでいるからだ。それが消費不足という経済問題を生んでいる。福祉国家の財政危機を回避した先には、別の罠が待ち構えていた。その落とし穴に、中国はすでにはまってしまっている。



