習近平国家主席が手を付けられない問題がある。中国の年金制度だ。高齢化が進み、約20年で社会保障費は8.8倍に急増。いまでは軍事費の3倍以上を占めている。中国の年金はこれからどうなるのか。ジャーナリストの高口康太さんが、中国の社会保障制度に詳しいニッセイ基礎研究所・片山ゆきさんに聞いた――。
2026年4月15日、中国・北京の人民大会堂で、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相との会談に出席した中国の習近平国家主席
写真=EPA/時事通信フォト
2026年4月15日、中国・北京の人民大会堂で、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相との会談に出席した中国の習近平国家主席

軍事費よりも急増する“社会保障費”

中国の国家予算が発表されると、必ず注目されるのが「国防予算の急増」だ。東アジアのミリタリーバランスの変動、さらには台湾有事への懸念がある中で注目されるのは当然の話ではある。中国経済が減速しても、国防予算は膨張が続いていることは不気味である。

ただ、国防予算のニュースだけに注目していると、中国が他のすべてをかなぐり捨てて軍備強化に邁進しているかのように思えてしまうが、それは誤解だ。図表1を見てほしい。

【図表1】中国の社会保障関連支出・国防予算の推移

なんと、国防予算よりも社会保障費(予算案の社会保障・雇用支出と衛生健康支出の合計)のほうがはるかに多く、約3.7倍に達している。絶対額だけではない。増加率を見ると、直近の増加率は国防予算が上だが、2010年比で見ると、社会保障費は約4.7倍で、国防予算の約3.4倍を大きく上回っている。

社会保障費が国家予算における最大の支出項目となり財政を圧迫している……という意味では日本も中国もよく似ている。近年は「社会保障目当てに日本に移住する中国人」という記事を目にするが、実は中国の社会保障も拡充されているのだ。

と、この図を見ているだけで、台湾有事に邁進する軍事国家・中国というイメージが崩れていくようだ。果たして、中国の社会保障はどんな状況なのだろうか。社会保障という視点から見た中国。このテーマについて、中国社会保障制度に詳しいニッセイ基礎研究所の片山ゆき氏に話を聞いた。

胡錦濤氏が敷いたレール

――国民の生活よりも国家の威信が大事。そんなイメージを持たれている中国ですが、まじめに数字を見てみると、社会保障費が国防予算以上にがんがん伸びているという。意外です。

片山ゆき氏
片山ゆき
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任
北京師範大学、中国人民大学へ留学。その後、JETRO北京センター(中国日本商会から出向)を経て、ニッセイ基礎研究所に入所。中国の社会保障制度・民間保険を研究。

【片山】中国の国防費は国の予算だけですべてではなく、別の資金源もあるでしょう。ただ、少なくとも国家予算上では社会保障費のほうがはるかに多いことは事実です。

社会保障が未整備の途上国という、古い中国を知っている人からすると意外ですよね。中国はいつ変わったのでしょうか。中国は1980年代に市場経済を導入しましたが、民間で働く人々への社会保障制度は遅れていました。

公務員や国有企業従業員は社会主義時代の社会保障を受けられていましたが、民間企業従業員や農民に対する制度の整備はずいぶん遅れていました。民間企業正社員は1997年の国務院の決定によって、「都市職工基本養老保険」(日本の厚生年金に相当)への加入が可能となりましたが、自営業者や農民は手つかず。

それが胡錦濤政権期(2002~2012年)に大きく転換し、現在は「城郷居民基本養老保険」として運用されています。現在は10億人以上が年金に加入している状況です。習近平政権(2012年~)は新たな社会保障の拡充に積極的な印象はありませんが、胡錦濤時代に敷かれたレールに沿って制度を運用していくと、高齢化に伴って年金の支払いが増えていき、それに伴って財政支出も増えていく。結果として、先ほどのような社会保障費の膨張につながったわけです。

――なるほど。胡錦濤前総書記というと、江沢民と習近平の間にいた指導力のないトップというイメージが強いですが、農業税の廃止など都市と農村の格差是正ではかなり大事な仕事をしています。

【片山】一般的には仕事ができなかった人というイメージがあるようですが、実は社会保障業界関係者の間では評価が高いんです。