歴史をさかのぼるほど未来がみえてくる

トヨタを取材していて、豊田佐吉と織機についてわかったことがある。豊田佐吉が発明した織機は木綿の衣料を織っただけではない。三河地方で収穫した上質で太い綿糸を使い帆布を織るのにも使った。佐吉の織機は船というモビリティの部品を製造する工作機械でもあった。

豊田章男は「そうです。その通りです」と言った。

「佐吉が織機を始めたのは親孝行したかったからなのですが、その後、帆布を織ることもありました。それは三河のあたりが木綿の産地だったからでしょう。

2019年、トヨタはモビリティカンパニーだと言い出したのは私ということになっています。しかし、佐吉の頃からモビリティカンパニーと言ってもよかったんです」

わたしは言った。

「佐吉が帆布を織る機械を発明していたと知った時は、ああそうだったのかと思いました。本を書いていて楽しいのは、そういう時、物事と物事がつながった時なんです」

彼は言う。

「過去を探っていったら、トヨタの未来があった、と。歴史をさかのぼればトヨタの未来が書ける。そういうことになりますね。そう、過去を探れば探るほど、トヨタの未来が書けるのでしょう」

豊田佐吉
写真提供=トヨタ自動車
発明王としての顔も持つ、トヨタの礎をつくった豊田佐吉。佐吉の「母を少しでも楽にしたい」という想いから自動織機が開発された。この自動織機の開発における実践により「自働化」が生まれた。佐吉の息子である、トヨタ自動車創業者の喜一郎の「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」がトヨタ生産方式の基本である。

センチュリーの車体はなぜ7回も塗り重ねるのか

話は続いた。

「新しく出たトヨタのセンチュリークーペを見て、目を奪われました。ものづくりの真髄だと思いました」

「確かにいい色ですね。センチュリーの塗装仕上げは7回も塗り重ねる。それで色に深みが出るんです」

「人間業とは思えない。技術を超えたところがあります。もう芸術品です」

彼は説明する。

「1台の車に塗装を7回も行うことはまずありません。普通の自動車会社であれば『コストがかかるから』とやらないでしょう。でも、トヨタはやる。ものづくりはそこを省いてはできない。コストの問題もクリアして、ちゃんとやるのがトヨタのプライドであり、ジャパン・プライドだと思う。日本はやっぱりものづくりなんです。

トヨタのクルマは手間がかかっています。手間に比べると価格は安い。特にGR(ガズーレーシング)系の車種は本当に手間がかかっています。私はいいクルマは数字を追ったらできないとも思う。

私が初めてドイツのニュルブルクリンクのサーキットへ行った時、持っていったクルマは古いアルテッツァでした。他のヨーロッパ車を憧れの目で見つめていたことを憶えています。ところが、去年、私たちがニュルブルクリンクへ車を持っていったら、現地の人たちが、かつての私のように、トヨタ車を憧れの目で見つめていました。