豊田章男はAIとどのように向き合うのか
囲み取材に参加していたひとりの記者が「会長はAIとその使い方について、どうお考えですか」と尋ねた。
彼は丁寧に答えた。
「今、AIは従来の言語モデルから、因果関係や物理法則を学習して、推論するワールド(世界)モデルへ移行しています。言語モデルの時は日本語だったこともあって、AIが正確な答えを出すことはなかなか難しかった。日本語のシェアが低いこともあって、過去のデジタルデータが少なかったからでしょう。それがワールドモデルになってきた段階で、かなり変わってきました。今後はさらに、いろいろなことができるようになります。
製造現場に合うAIも出てくる。AIとともに仕事をしていくようになります。製造現場には、まだまだ特殊分野の技能者にしかできない技術があります。AIとともに現場にいることができれば、特殊な技能を学ぶリードタイムを短くすることができる。また、熱で暑くなる現場の作業をロボットに代替するためにもAIは必要です。
製造現場でAIを使いこなすことができれば日本の強みがさらに出てくる。トヨタはものづくり産業とAIとの融合を自信を持って進めていきたい。
そして、AIがワールドモデルになった時代にいちばん必要なのは質問力と好奇心だということ。知識よりも質問力と好奇心。若者は質問力と好奇心を持っている。私は若い人たちがその部分を伸ばしていくためのサポートをします」
豊田章男は「AI時代に必要なことは質問力と好奇心」と強調した。まさにその通りだ。取材の対応を聞きながら思ったのは、豊田章男こそ好奇心に富む人だということ。彼はインタビュアーの質問に淡々と答えるわけではない。彼のほうから質問を発する。
役割で働く人間たちが「おやじの会」で話すこと
囲み取材の後、彼が仕事をする部屋に移った。卒業式に出席していた時からずっと作業服姿だ。スーツを着て働く人ではなく、現場で作業服を着る人だ。
わたしは尋ねた。
「現場へ行くこと、現場で見て考えることを大切にしていらっしゃいますね」
彼は答えた。
「卒業式の壇上で座っていた時、横に座っていた河合(満)おやじから『案内したい現場があります』と誘われたんです。『会長、上郷工場(エンジン工場)に新しくできた生産ラインがすごくいい。一緒に見に行きましょう』
もちろん行くと伝えました。
河合おやじの話を聞いたら、上郷工場にいる斉藤(富久工場長)さんは『若い連中にとにかくやらせてみた。失敗してもいいからチャレンジさせた』と言っているという。通常、生産ラインの設計は管理職とベテランがやる。それを斉藤さんは若い人たちだけにまかせたというんです。トヨタの人づくりってそれですよ。若い人にはチャレンジさせる。おやじ連中のような大人は会社の管理部署から邪魔が入らないように若い人を守る。自由にやらせないと人は育ちません」
トヨタグループには「おやじの会」という肩書にとらわれない現場(技能系大学卒はいない)のトップ経験者の集まりがある。2018年、河合おやじが率先してグループ各社の古強者ふるつわものに電話をして、メンバーを集めた。グループを横断して情報を共有して、後進を育てている。わたしは今、「おやじの会」の取材をしているので、それに触れたら、彼は目を輝かせて言った。
「河合おやじが率先してつくった、本当の『おやじ』たちの集まりです。現場で、ものづくりをしてきた工場長やトップの経験者が集まって、困りごとの相談や問題の解決をやっている。トヨタだけじゃなく、デンソー、豊田織機などグループ各社から集まっています。コロナ禍には現場の感染対策を共有していました。それも電話一本でやったと言っていました。普通であれば本社の管理部署が間に入るから、時間が経ってしまう。でも、コロナ禍の現場対策は時間をかけてはいられない。
日ごろから親しくしているおやじたちは電話一本で『お前のところ、感染対策はどうやったの? 見に行っていいかな』と連絡して解決したんです。コロナ禍だけじゃありません。災害に遭ったり、人が足りないと聞けば、すぐに駆け付ける。トヨタグループという同じ船に乗っている同士だから、助け合うことができる。会社の肩書ではなくて、結果として『ありがとう』と言い合える仲間たちです」
グループとはいっても違う会社である。それなのに、おやじたちは会社の違いなどを忘れて現場のために協力する。肩書を重んじる会社であれば「おやじの会」のような活動は不可能だろう。「おやじの会」の中心にいるのは河合おやじだ。おやじたちは河合おやじがトヨタの元副社長だから話に耳を傾けるわけではない。人間としての河合満、現場のおやじとしての河合満を尊敬している。そこに肩書はない。
豊田章男は「そうです」と言った。
「河合おやじは専務になることも副社長になることも嫌がった人です。何より、トヨタは肩書で働く会社ではありません。役割で働く会社です。私はそういう会社にするためにやってきました」
4月、トヨタの社長は代わった。発表があった時、マスコミは「(前任の)佐藤さんは短期間だ。何かあったのか?」と臆測した。繰り返しになるが、トヨタは肩書ではなく、役割で働く会社だ。佐藤恒治は自動車工業会のトップとして日本のために働くという役割に就いた。日本の自動車会社、部品会社など全体の成長を持続し発展させるためには、トヨタのトップとして働いた佐藤恒治しかできない。佐藤恒治が必要なのである。
わたしがそう言ったら、豊田章男は答えた。
「そうです。みなさんもよくわかっていらっしゃると思います」

