「細木絡みの記事潰し」を否定
私が差し出したおカネがこの間の接待の御礼であり、親分のことをよく書いてくれたことへの御礼の意味であることは、溝口も当然わかっていたはずです
(溝口・ぜんぜんわかっていない。なぜならウソだから。溝口は髙山若頭のことをふつうに書いただけで「よく書いて」もいない)。
私が溝口におカネを差し出したのは、溝口が細木数子の取材ができるように頼んであげた後で帰り際に差し出したものであり、細木絡みの記事潰しを意図しておカネを出したと勘違いするとは考えられません。細木のことに限っていえば取材をできるように頼んでやったのは私のほうで、御礼をもらうべきはこっちであって、こちらから御礼を渡す筋合いでないことくらいだれだってわかります
(溝口・前記したように溝口はこのとき細木インタビューを望んでいない。細木を狸のように脇からの取材という煙でいぶり出し、出ざるを得なくさせようとは思っていた)。
森組長の陳述書の別の箇所では、私の悪口をメチャクチャ書いているが、この部分を読むかぎり、森組長は可愛らしいウソをつく、といった気がする。
そして、細木数子は訴えを取り下げた
ホントを言えば、残念に思っている。細木の一件がなければ、私は森組長を取材源として失うことはなかったろう。かつて『五代目山口組』を書くことで、10回以上もインタビューしてきた渡辺芳則組長を取材源でなくしたことなど問題にならないほど、私にとって森組長を失ったことは大きい。
しかし、私の職業倫理は、私が書いた文章を原因として、講談社に6億円の損失をかぶせることはできないというものだ。対抗上、連載の第4回目で「細木数子は暴力団最高幹部に私の原稿つぶしを依頼した」というきつい一発を見舞うしかなかった、といまでも考えている。
講談社は2008年5月、細木数子と森健司組長、そして溝口と当時の週刊現代編集長・加藤晴之氏の4人を法廷に立たせ、証言させるべく「証拠申出書」を裁判所に提出した。証人尋問は私が主張していたところでもある。
細木側はこれで腰砕けになり、講談社が謝れば、6億円余の請求は引っ込めると言い出し、7月14日には臆面もなく訴えを取り下げた。我々の実質的な勝訴である。

