お金を上手に貯めるにはどうしたらいいのか。節約や投資の情報はあふれているのに、なぜか貯まらない人は多い。その差は能力ではなく、日々の「何気ない習慣」にあった。薪を背負って本を読む少年ではなく、600の村を立て直した二宮金次郎は、その共通点を見抜いていた。FPの橋本絵美さんが解説する――。

二宮金次郎は「超敏腕FP」だった

二宮金次郎と言えば皆さん何を思い浮かべるでしょうか。おそらく、誰でも真っ先に思い出すのは、全国の小学校に立っていた、薪を背負って本を読んでいる少年の像でしょう。でも、二宮金次郎がいったい何をした方なのかを知っている人はあまりいないかもしれません。かく言う私も、薪を背負いながらも勉強していることが、子どものお手本になるから小学校に像が立っているのかなと思っていました。

二宮金次郎像(静岡県掛川市)
二宮金次郎像(静岡県掛川市)(写真=Ichitaro/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons

ところが、そうではないのです。二宮金次郎は江戸時代後期に600以上の荒廃した村々を立て直し、人々の生活を立て直したすごい人なのです。お札の顔になった渋沢栄一をはじめ日本経済の礎を築いた多くの実業家が、二宮尊徳の思想に影響を受けたと言われています。

私は恥ずかしながら大人になってから初めて二宮金次郎の伝記を読んだのですが、電撃が走るほどの感銘を受けました。武家や農家を直接指導し、家計や藩を立て直した二宮金次郎は超敏腕FPだ‼ と思いました。そして、私が今行っている家計改善や片づけの仕事の意義を再確認することができました。今回は現代の家計と家事を改善させる二宮金次郎の教えをご紹介します。

薪を背負って本を読んでいた理由

二宮金次郎は相模国(現在の神奈川県小田原市栢山)の豊かな農家に生まれました。父の利右衛門は学問が好きで、幼い金次郎にも学問を教えていたそうです。幸せな幼少時代を過ごしていた金次郎でしたが、5歳のとき、近くを流れる酒匂川の氾濫により田畑を流され、一切の財産を失います。金次郎も家族を助けるために一生懸命働きました。

皆さんがよく知る薪を背負っている金次郎の銅像は、この頃の姿であると言われています。ただがむしゃらに働くのではなく、知恵を使って働かなければいけない。その知恵は学問によって身につけられると考えていました。金次郎は薪を運ぶ道中の時間を無駄にせず、その時間を勉強する時間にあてていたのです。

しかし、14歳の頃に病気により父が亡くなり、16歳の頃には心労により母も亡くなります。金次郎は伯父の万兵衛のもとに、2人の弟たちは他の親戚の家に預けられ、一家離散してしまいました。でも、金次郎はいつか必ず兄弟3人で暮らすことができるよう生家の再建を心に誓います。